先生があなたに伝えたいこと
【瓦井 裕也】健康寿命を延ばすためにも、人工関節置換術という選択肢を検討しましょう。
千葉大学医学部附属病院
かわらい ゆうや
瓦井 裕也 先生
専門:股関節・膝関節
瓦井先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
簡易ナビゲーションシステムやロボット手術など、手術を取り巻くテクノロジーの進歩は目覚ましいものがあります。これまでの偉大な先生方が築き上げた確実な手術法に加えて、新しい技術も取り入れることで、常に安全で正確に手術を行えるよりよい方法を模索しています。
2.休日には何をして過ごしますか?
知識のブラッシュアップのため、人工関節に関する英著論文を調べたり、海外の病院の手術資料に目を通すようにしています。今はインターネットで様々な情報にアクセスできますので、よりよい手術にするため色々な情報に触れるように心がけています。また手術を行うにあたり、術者の体力・健康状態も大切な要素ですので、ジムに通うことで健康状態を維持するようにしています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、骨盤にある寛骨臼(かんこつきゅう)というお皿のような骨に、大腿骨の先端にあるお椀状の大腿骨頭(だいたいこっとう)という骨がはまり込む球関節で、色々な方向に動かせるのが特徴です。そのぶん負荷もかかりやすく、歩行時には体重の4倍もの力が加わるといわれています。そのため、股関節の周囲は軟骨というクッションのような組織で覆われ、周囲の関節包(かんせつほう)靭帯という強靭な靭帯が股関節の動きを安定化させています。
Q. 股関節に多い疾患にはどのようなものがありますか?
A. 最も多いのは変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)といって、軟骨がすり減ることで骨が変形し、骨同士がぶつかるようになって痛みが起こる疾患です。40~50代の女性に多くみられます。
東洋人は元々股関節のお皿の骨のつくりが浅い寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)であることが多く、遺伝的背景も指摘されていますが、詳しい原因はわかっていません。変形性股関節症は股関節の周辺に痛みが起こることが多いですが、太腿の外側や膝周辺が痛むこともあります。
Q. 変形性股関節症の治療法について教えてください。
A. 国際変形性関節症学会では、治療のファーストステップとして患者さんへの教育とリハビリを推奨しています。筋力は維持しつつ、体重を減らし、患肢への負担が大きければ杖を使っていただきます。更に下肢に負担のかかる和式の生活を見直していただくなど、生活様式を変えることもご提案します。手術後に脱臼を防ぐ意味でも椅子やテーブル、ベッドの洋式の生活にしていただくのがお勧めです。
それでも痛みが残る方には痛み止めの処方を行います。今は使用できる内服薬の選択肢が増えていますので、是非主治医にご相談してみてください。更にリハビリも重要です。患肢を上にするように横向きに寝て、股関節と膝関節を90°に曲げ、足が床と平行になるようにゆっくり上げて下ろす運動を行います。この運動で殿筋の筋力が鍛えられます。
Q. そうした保存療法で効果がない場合には人工股関節になるのでしょうか?
A. 保存治療を2~3ヶ月程度行っても改善しない疼痛に対しては、手術療法を検討します。治療方針は、最終的に患者さんがどのような生活をしたいかによって決まります。「歩きすぎたり、仕事を頑張った後は痛いが、時間が経てば改善する」ということであれば、日常生活の工夫である程度つきあっていくことができるかもしれません。一方で、「安静にしていても痛い」、「痛みのせいで眠れないこともある」という状況であれば、全身の体力や精神面にもよくありません。人工関節手術を行うと痛みが非常に軽減されます。ご本人のライフスタイルや全身状態などを考慮し、手術をお勧めするようにしております。
Q. 人工股関節の手術となった場合ですが、人工股関節には種類があるのでしょうか?
A. 人工股関節を骨に固定させるのに骨セメントを使うセメントタイプと、インプラントの表面加工で骨と固着させるセメントレスタイプがあり、当院では症例によって使い分けています。患者さんの骨の強さや形を確認し、セメントレスタイプをメインに使用しておりますが、高齢で骨が脆くなっている方や脚長調整が難しい方、再置換の患者さんにはセメントタイプを使うこともあります。
変形性股関節症では、股関節全体をインプラントに置き換える全人工股関節置換術(THA)になりますが、高齢者に多い大腿部頸部骨折(だいたいぶけいぶこっせつ)では、大腿骨頭側だけをインプラントに置き換える人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ:BHA)を行います。
Q. 人工股関節の手術は以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 進歩が大きいと思います。たとえば、筋肉や腱を切らない最小侵襲アプローチが本邦でも急速に普及しています。術後早期のリハビリや社会復帰という点で大きな利点となっています。また最小侵襲アプローチを支援する牽引手術台が開発され、より再現性の高い安全な手術を行えるようになりました。そのほかの人工関節材料の進歩や出血を少なくする薬品も使用されるようになり、手術がより安全に行えるようになり、手術による侵襲(しんしゅう:身体への負担)が減りました。入院に要する日数も減ってきています。
Q. 人工股関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 昔は人工股関節で軟骨の代わりになるポリエチレンから出る摩耗粉(まもうふん)が人工股関節のゆるみの原因となっていましたが、いまはポリエチレンの性能がよくなり、表面加工技術も向上しています。
膝関節の仕組みと疾患
Q. 次に、膝関節の構造についても教えてください。
A. 膝関節は大腿骨(だいたいこつ)、脛(すね)の骨である脛骨(けいこつ)、膝のお皿の骨にあたる膝蓋骨(しつがいこつ)からできている関節で、大腿骨と脛骨の間には半月板というクッションのような組織があり、周囲の4つの強靭な靭帯が体重をかけるときの支えになっています。
Q. 膝関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 最も多くみられるのは、膝の軟骨がすり減ることで痛みが起こる変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)です。レントゲン上で変形性膝関節症の症状がみられる患者は全国で2400万人、うち痛みがあるのは800万人と推測されています。女性に多く、レントゲン上で変形が始まるのは40~50代、来院されるのは60代以降の方が多い印象です。日本人にO脚が多いことも一因ですが、加齢や過去にケガをしたことがある、過体重であることも原因です。
Q. 治療法は、股関節と同様に保存療法から始めるのでしょうか?
A. はい。和式の生活では膝に負担がかかり、膝が悪くなると正座も難しくなりますから、やはり洋式の生活にすべきでしょう。最近は膝の痛み止めも、痛みを感じにくくする作用を持つ薬が開発されています。大腿四頭筋を鍛えると膝への負担が減ります。具体的なリハビリとして、膝の下にクッションを敷き、太ももに力をいれて、クッションを押しつぶす、背もたれのある椅子に座って片膝を伸ばした状態を30秒~1分保つといった運動が効果的です。
軟骨や半月板が傷んでいる場合には、関節鏡を使って縫合や切除をおこなう関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)、変形が軽度で軟骨が残っている場合には高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)という治療法もあります。
Q. そうした治療法が適応にならず、悪化するようなら人工膝関節になるのでしょうか?
A. 数ヵ月保存療法を続けても痛みが治まらない場合には、傷んだ箇所を人工膝関節に置き換える人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)を提案しています。趣味を楽しめるようになりたい、お孫さんと散歩したい、介護が必要なご家族がいる、痛み止めを飲みたくないといった理由で手術に踏み切る方は多いです。
手術に対して漠然と不安を抱いていらっしゃる患者さんが多いですが、手術の安全性、効果は上がっているので、手術をしないで痛みをあきらめるのはもったいないことだと思います。日本人の平均寿命に対し、健康寿命は10年短いといわれています。健康寿命を延ばすためにも、どんな手術があり、どうよくなるかを説明して不安をやわらげるのは医師の役割と感じています。何年も迷っている患者さんもいらっしゃいますが、手術をした方がよくなることがあるのも事実ですので、情報はできるだけ開示して最終的に患者さんご自身に判断いただいています。
Q. 人工膝関節の手術も進歩していますか?
A. 私は2015年から人工膝関節置換術でも筋肉を温存する術式を採り入れていますが、出血も術後の痛みや腫れも少なく、回復も早くなっていると思います。この術式は従来の術式に比べて早期に回復できるのが特長ですが、手術自体が難しいこともあり、全国的に普及するのはまだ少し先になりそうです。
合併症についてなど
Q. 手術で考えられる合併症と対策についても教えてください。
A. 最も怖いのは感染症です。感染対策として、術中の予防的抗菌薬投与に加え、術者は特殊な手術服を着用の上、バイオクリーンルームで手術を行っています。虫歯や水虫も感染の原因となりますから、手術前には歯科口腔外科や皮膚科の先生にも診察をお願いし、他科と連携しながら、感染をより少なくするようにしています。
Q. 治療にあたって先生が心がけておられることはありますか?
A. 患者さんによくなっていただきたいので、症状に応じてさまざまな治療法があること、そのメリットやデメリットについても詳しく説明するようにしています。また、大学病院として安全かつ高度な医療を提供するために、手術前には他科の医師と連携して、患者さんの既往歴に対する評価を行い、万全な体勢で手術に臨むことを心がけています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
A. 関節が痛いということは、皆さんにとって大きな悩みだと思います。人工関節の素材・材料進歩と手術技術の向上により、人工関節手術はより安全に行えるようになりました。また術後の機能回復や生活の質も飛躍的に向上しています。膝や股関節が関節が痛いなと感じた場合はまず、お近くの専門医にご相談ください。
リモート取材日:2023.1.27
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
健康寿命を延ばすためにも、人工関節置換術という選択肢を検討しましょう。