先生があなたに伝えたいこと
【近藤 英司】膝関節の疾患の治療は、人工膝関節手術などの外科的治療だけでなく、靭帯や軟骨の再生医療も進歩しています。
北海道大学病院(北海道大学大学院 特任教授)
こんどう えいじ
近藤 英司 先生
専門:膝関節
近藤先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
これからの日本ハムファイターズの大谷翔平選手について。ずっと応援しています。
2.休日には何をして過ごしますか?
とにかく走っています(笑)。普通のマラソン大会だけでなく、サロマの100㎞マラソンには毎年出場しています。
Q. まずは膝関節の構造について教えてください。
A. 膝関節は関節の中で一番大きい関節で、大腿骨(だいたいこつ:太ももの骨)と脛骨(けいこつ:すねの骨)、膝蓋骨(しつがいこつ:お皿の骨)で構成されています。関節面にある骨の周囲を軟骨が覆い、クッションとなる半月板があります。また筋肉と筋肉をつなげる腱、関節を覆う袋などがあります。膝関節はお皿の上に卵が乗っているような形状で、正座もできるほどよく曲がりますが、その分、不安定になりやすくなります。そうならないように4つの靭帯が骨と骨をしっかりとつないでいます。
Q. 膝関節の疾患としては変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)がとても多いようですね。
A. 膝関節には歩いているだけでも体重の3~4倍の荷重がかかり、それも主に内側で受けています。そのストレスによって軟骨や半月板が傷んでくるのです。軟骨や半月板は血の通っていない組織ですので、自力では再生しません。消耗品なのです。ただでさえ、軟骨の80%は水分なので加齢とともに干からびてきます。さらに女性の場合は男性に比べてもともと骨が柔らかいことと、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が加わることで、変形性膝関節症が多くなるのです。内側で体重を受けるため、O脚気味になり、O脚になると内側にかかっていた負担はますます増し、軟骨や半月板がどんどんすり減ってしまうのです。
Q. それで患者さんは女性に多いのですね。
A. 閉経後の女性の約6割が変形性膝関節症ともいわれています。私見ですが、子育ても終えて第二の人生を謳歌しようとする頃、痛ければ早めに病院へ行くという女性が多いのかもしれません。少々の痛みなら我慢して過ごすという、男性の気質も影響していると思います。
Q. なりやすい方というのはあるのでしょうか?
A. 第一次産業に従事している方、太っている方などはリスクが上がりますし、O脚など骨格の遺伝的な要素もあると思います。そういう方が過去に靭帯を損傷したとか半月板を切った経験があると、ますますリスクは高くなります。
Q. 外傷についても教えてください。
A. 多いのは、内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)と前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)の損傷です。靭帯は自然にくっつくことがなく、放っておいて痛みが軽減しても不安定性は残るので、治すには手術が適応となります。当院だけでも年間、何百人と患者さんが来られます。北海道ですからね、スキーをしていて、という方が多いです。外からの衝撃で軟骨の一部が欠ける外傷性軟骨欠損症などの軟骨損傷もあります。
Q. 先生は靭帯再建手術も多く手掛けておられます。それはどのような手術なのですか?
A. 関節鏡での「自家腱移植」を行っています。身体には腱がいくつかありますので、その腱を採取して、撚って5mm程度の太さにし、その両端を人工靭帯と接続して、その人工靭帯部分を先に掘っておいた骨のトンネルに通します。面白いのは関節内や骨から自分の滑膜細胞や細胞が入っていき、コラーゲンができて腱は時間の経過とともに強くなります。ちなみに私たちのオリジナルは、人工靭帯を1本ではなく2本使っていることです。
また最近では、前十字靭帯が部分断裂の状態でもこの手術をすることがあります。残存している靭帯の中には血管も細胞もありますので、通常より早く治ることが期待されます。
Q. 自家腱移植をしてスポーツはできるのでしょうか?
A. 問題ありません。そのために手術をするといっても良いほどです。自家腱移植をしたアイススケートの著名な選手が、1年後に復帰したニュースは話題になりました。
Q. 軟骨の再生医療についてもぜひ聞かせてください。
A. 軟骨は損傷したら治らないと医学部の教科書に書いてありましたが、今はそうではありません。方法は大きく3つあります。ひとつは、軟骨下骨(なんこつかこつ)に小さな穴を開けて出血させ、その血糊で欠損部分を塞ぐ方法です。血糊がかさぶたとなって繊維状の軟骨を作ります。次に損傷部分が大きい場合は骨軟骨移植といって、体重のかからないところの軟骨を傷んでいる部分に移植する方法で高い効果が期待できます。最後に、より大きな損傷に適応となる自家培養軟骨移植があります。患者さんの軟骨組織から軟骨細胞を取り出し、コラーゲンの一種と混合してゲル化させて培養します。この培養した軟骨を損傷部に移植して、別に採取した骨膜で蓋をします。
この3つ以外にも北海道大学では、昆布にも含まれているアルギン酸のぬめりを利用して、組織を再生する方法の臨床治験を始めています。現在では、話題のiPS細胞も含め世界中で軟骨を治すアプローチが日進月歩で進んでいる状況です。
Q. 変形性膝関節症ではすぐに人工膝関節手術が必要なのでしょうか?
A. 順番としてはまず保存治療です。他の選択肢としては骨切り術もあります。変形性膝関節症は、軟骨も半月板も靭帯も傷んでいる状態ですが、そのことに最も影響を与えるのは脚のアライメント(適切なバランス)です。そのアライメントを整える、高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)というO脚を少しだけX脚にする下肢矯正手術があります。軟骨の傷みが内側だけ強い方で、第一次産業従事者やスポーツを続けたいという比較的若い患者さんには有効な手術です。
初期にはささくれた半月板や軟骨を関節鏡できれいにする手術もあり、必ずしも人工関節手術が第一選択肢というわけではありません。その方の年齢、生き方、もちろん手術を受けるか受けないのかの希望などを考慮して総合的に判断します。入院期間だけをみても、人工膝関節手術なら大体3週間、骨切り術なら4週間と違います。ちなみに自家培養軟骨移植なら1ヵ月半から2ヵ月です。患者さんにそこまでの日常生活から離れることができる時間があるかどうかも考慮する必要があります。我々医師はできるだけ多くの選択肢を提案できるほうが良いと考えています。
Q. 人工膝関節手術について伺います。まず、この手術に種類はあるのですか? また耐用年数はどれくらいでしょうか?
A. 軟骨の片側だけが傷んでいる場合に行う人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ)と、人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ)があります。私は全置換術では、摩擦係数が小さいセラミックと超高分子量ポリエチレンを組み合わせた人工膝関節を使っています。人工膝関節は海外製のものが多いのですが、形状や大きさは日本人の骨格に合わせた日本製のものもあります。こうしたこともあって、耐用年数は30年以上は大丈夫だと思います。
Q. よくわかりました。最後に合併症とその対処法についても教えていただけますか?
A. 一番怖いのは感染による人工膝関節のゆるみです。初期なら部品を交換するだけで良いのですが、抗生物質も効かない場合は人工膝関節を抜去せざるを得ないこともあります。それも、抜去して洗浄し3ヵ月待って、その待機期間中は抗生物質入りの人工膝関節に似たものを設置して様子をみます。そして抗生物質を抜いても大丈夫であれば人工膝関節の再手術を行うということで、なったときの後始末がとても大変なのです。手術中の早期感染には万全の体制をとっていますが、手術後3ヵ月以上経ってから発症する場合もあります。そのため、手術を受けた患者さんは風邪や虫歯などにも気をつけ、病気にならないよう体調を整えることが大切です。体調が悪ければ早めに病院へ行ってください。
取材日:2017.10.10
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
膝関節の疾患の治療は、人工膝関節手術などの外科的治療だけでなく、靭帯や軟骨の再生医療も進歩しています。