先生があなたに伝えたいこと
【園畑 素樹】保存療法か手術療法か、変形性股関節症の患者さんが納得のいく治療法を選べるよう、専門医として治療の選択肢をご案内しています。
独立行政法人 地域医療機能推進機構 佐賀中部病院 院長
そのはた もとき
園畑 素樹 先生
専門:股関節
園畑先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
2022年4月から病院の運営に携わっているため、患者さんに満足していただける医療の提供を考えています。患者さんが元気に回復されるよう治療するのは医師として当たり前のことなのですが、感謝のお言葉をいただいたときは励みになります。
2.休日には何をして過ごしますか?
平日は研究などの時間がとれないので、休日に論文を読んだりしています。また、早い時間からお酒を飲んでくつろいだり、時には好きな化石を見て回ったりなど、ゆったり過ごすオフの時間も大切にしています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、人体の中で最も大きな関節です。骨盤にある寛骨臼(かんこつきゅう)という受け皿に、大腿骨の先端にある丸い大腿骨頭(だいたいこっとう)が組み合わさった構造で、球関節と呼ばれています。指などは一方向にしか曲げられませんが、股関節はさまざまな方向に動かすことができ、可動域が非常に広いのが特徴です。球状の関節なので適合性に優れている一方、少しでも損傷があると、どの方向に動かしても痛みが出ます。
股関節はその周囲の筋肉によって支えられています。片足で立つと、股関節の片側には体重の3~4倍の荷重がかかるため、それを支えるために中殿筋(ちゅうでんきん)などのお尻の筋肉があります。この筋肉の働きのおかげで、足を引きずることなく正しい歩行ができます。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 日本人に多くみられるのは、臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)による変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。臼蓋形成不全とは、生まれて間もない頃から寛骨臼が小さい病態です。大腿骨頭に屋根のように被さる寛骨臼が小さいと、体重を受ける面積が狭くなるため、経年的に股関節に負担がかかって軟骨が傷んでいき、股関節が変形していくことがあります。昔は、生まれたての赤ちゃんをおくるみなどで巻く際に股関節を伸展させていたことから、特に寒い季節に生まれた赤ちゃんに臼蓋形成不全が多くみられていました。そこで、1960~70年代ぐらいから赤ちゃんのオムツの巻き方や抱っこの仕方において、脚をしっかりと開くことが推奨されるようになりました。乳児検診などでも股関節の状態を確認するようになって以降、臼蓋形成不全は減少傾向にあります。
ほかの股関節疾患としては、関節リウマチや、血流障害によって骨髄の組織がつぶれていく大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)などもありますが、圧倒的に多いのは、臼蓋形成不全による変形性股関節症です。
Q. 変形性股関節症の治療について教えてください。
A. レントゲン検査と症状によって、変形性股関節症の前期、初期、進行期、末期を診断して治療をします。運動器の痛みの大半に対する治療は、まずは運動療法が基本になり、次いで薬物療法、手術療法になります。運動療法は、世界中でガイドラインが設けられていますが、どのような運動であっても効果の程度には大差がないといわれています。例えば、ストレッチや筋トレ、水中歩行、エアロビクスなど、いろいろな運動がありますが、ご自身に合う運動をするのが最も良いと思われます。ただし、運動によって股関節の状態が改善されることはなく、あくまでも痛みを和らげることが狙いになります。
Q. どの運動をしても効果が同じなのは、なぜですか?
A. 運動によって痛みが軽減するEIH(exercise-induced hypoalgesia)という概念があり、臨床研究も始まっています。例えば、膝に痛みがある人が、上半身の運動を熱心に行うと、膝の痛みが落ち着くというメカニズムがあります。ランナーズハイや脳内麻薬といわれるような、身体を動かすことで生体内の痛覚抑制系が活性化されるというデータがあります。痛みのない箇所を動かすことで鎮痛効果が期待できることから、どの運動をしても同じ効果が期待できるのです。ただし、変形性股関節症の場合、変形性膝関節症と比較すると、運動や薬などの保存的治療の効果が出にくい傾向があります。
Q. そうなのですね。そうなると手術療法になる可能性が高いですか?
A. ほとんどの方は、手術を回避したいと考えられていると思います。しかし、手術に怖さを感じる一方で、痛みや歩きにくさで日常生活に困っていらっしゃる方が多くおられます。私は患者さんに外来で、日常生活で困っている度合いよりも、手術への怖さが大きい場合は、手術を急がなくても良いのではないかとお話しています。変形性股関節症は、命に関わる病気ではないため、あくまでも手術は患者さんのQOL(生活の質)やADL(日常生活動作)を上げることが目的となります。そのため、どんな困りごとを解決したいか、ゴールを明確にしなければ、手術をする意味がありません。手術をするか否かは、じっくり検討したうえで患者さんご自身に判断していただいています。
Q. 手術を望んだ場合、どのような手術になりますか?
A. 多くの場合は、人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)となります。その前段階に受けられる手術として、自分の関節を残す関節温存手術があります。変形性股関節症の進行の程度によりますが、骨を切って関節の形態を変える骨切り術(こつきりじゅつ)、もしくは関節鏡(かんせつきょう)という小さなカメラを股関節の中に入れ、鏡視下に傷んだところを処置する手術もあります。これらの手術は、術後は生活に全く何の制限もなく、場合によっては一生ご自身の関節を維持できる方もおられます。
ただし、関節温存手術は軟骨などがある程度残っていなければできないため、適応は非常に限られています。例えば、レントゲン上で股関節の変形にあまり進行がみられないということで、保存的な治療を長く続けているうちに、関節温存手術が適応になるタイミングを逃してしまうことがあります。股関節が損傷してしまってからだと、人工股関節置換術しか治療の選択肢がない場合もあります。そのタイミングを見きわめるためには、早めに股関節の専門医にかかり、手術を受けるかどうかは別にして、治療の選択肢を提示してもらうことが大切です。
Q. 人工股関節置換術とは、どのような手術ですか?
A. 寛骨臼側にカップと軟骨の役割を果たすポリエチレンライナーをはめ込み、大腿骨側にインプラント(人工物)を設置し、股関節の役割を代替する手術です。骨用のセメントを使って固定させるタイプや、長いもの、短いものなど、いろいろなタイプのインプラントがあります。手技(手術のやり方)も医師の考え方によってさまざまで、股関節の前から進入する方法や、側方や後方からアプローチする場合もあり、それぞれ一長一短があります。私は、古くからスタンダードになっている後方アプローチで行っています。前方アプローチは、侵襲(しんしゅう:身体へのダメージ)が少なく、脱臼や術後の合併症も少ないといわれていますが、最近は後方からでも同等の結果が出ています。
Q. インプラントは、以前に比べて進歩してきていますか?
A. 外科医の創意工夫によって手技が進歩している中でも、人工股関節置換術の成績が良くなっている最大の要因は、インプラントのイノベーションにあると思います。特に、軟骨の役割を果たすポリエチレンライナーは、超高分子ポリエチレンという素材でできており、これにガンマ線や中性子線を当て、分子同士を強固にくっつけています。さらに熱処理を加え、抗酸化作用があるビタミンEを添加することで、劇的に摩耗を抑えられるようになりました。また、細胞膜と同じ分子構造をしたMPCポリマーという物質を表面に加工したものもあります。ほかにも、インプラントをしっかりと骨に固着させるためにハイドロキシアパタイトを使用したもの、感染を防ぐために抗菌作用のある銀をコーティングしたものなども開発されてきており、インプラントは大きく進歩しています。
Q. 人工股関節置換術の合併症についても教えてください。
A. 感染は、深刻な合併症の一つです。インプラントの改良が感染予防につながっているほか、クリーンルームという普通の手術室よりも清潔な環境で、手術中は全員が宇宙服のような手術用ヘルメットをかぶるなどの対策をしています。それでもやはり、起こる確率はなかなかゼロにはなりません。ほかにも、インプラントと術式の改良でかなり減少傾向にあるものの、脱臼や人工股関節のゆるみといった合併症もあります。そもそも人工股関節は、人工物同士をはめ込んだ構造なので、無理のある動きによって外れる危険性があります。また、人工股関節が擦れることでミクロ単位の粉が出るのですが、人体はそれを異物として認識するため、白血球やマクロファージという免疫細胞が働き、さまざまな物質が放出されます。その中には骨が溶けるような成分が含まれており、骨が溶けることでインプラントとの間にわずかなすき間ができてゆるんでくることがあります。最悪の場合は、それによって再置換術が必要になるケースもあります。ほかにも、エコノミークラス症候群といわれる深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)という合併症もあります。脚にできた血栓が血流に乗って心臓に移動し、肺に到達して肺の血管が詰まると即死する可能性もあります。これを予防するためには、手術時間をなるべく短くし、術後に血栓を予防する薬を使ったり、フットポンプを装着して脚の血流を促したりなどの対策を行います。
Q. 先生は疼痛コントロールを専門とされているようですが、術後の痛みに対する処置についても教えてください。
A. 術後の痛みに対しては、マルチモーダル鎮痛といって相乗的な鎮痛効果が得られるよう、さまざまな鎮痛薬や投与経路を組み合わせて使用しています。術後に痛みが強いと、睡眠や食事も十分にとれずに回復が遅くなり、リハビリも進みません。特に手術直後が最も痛みがあるため、そこを徹底して抑えるようにしています。
一方で、外来での薬の処方は多くても2種類程度に抑え、なるべくシンプルにすることが重要です。特に高齢の方は、多くの薬を服用することで副作用などが起きるポリファーマシーに注意しなければなりません。日本老年学会のデータでは、痛み止めや胃薬など、5種類以上の薬を服用していると、転倒が起きるリスクが倍になると報告されています。薬の飲み合わせによる弊害もあるため、なるべく少なくすることが大切です。
Q. よくわかりました。では、先生が診療において心がけていることを教えてください。
A. 患者さんに治療の選択肢を提示したうえで、患者さんご自身がライフスタイルや年齢、ご家族のことなどを考え、納得して治療法を決めていただけるように心がけています。中には、変形性股関節症が進行していても、限界まで自分の関節を粘って使い、最後は人工関節にすると決めておられる方もおられます。手術には必ずリスクが伴うので、手術をしたくない方には、手術以外で効果が期待できる治療を考えてご提案するようにしています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.12.20
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
保存療法か手術療法か、変形性股関節症の患者さんが納得のいく治療法を選べるよう、専門医として治療の選択肢をご案内しています。