先生があなたに伝えたいこと
【花岡 義文】関節の病気を治療することは、できなかった動作ができるようになるだけでなく、健康寿命を延ばすことにもつながります。
社会福祉法人恩賜財団 大阪府済生会富田林病院
はなおか よしふみ
花岡 義文 先生
専門:股関節
花岡先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
小学生のわが子たちが大人になったとき、地球環境がどうなっているかが心配です。資源ごみやエネルギー問題において、身近なところでできるだけ環境に良いことをしていこうと思っています。
2.休日には何をして過ごしますか?
3年前から登山を始め、「日本百名山」の制覇に挑戦中です。今、ようやく半分を超えたところ。子どもたちでも登れそうな山には一緒に行っています。アウトドアを楽しむことは、何よりもの心身のリフレッシュになります。
Q. 股関節はどういう構造になっていますか?
A. 寛骨臼(かんこつきゅう)という骨盤側の骨の窪みに、大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまっていて、いろいろな方向に動かせる構造になっています。さまざまな筋肉を使って、屈曲、伸展、外転(がいてん)、内転(ないてん)、外旋(がいせん)、内旋(ないせん)という幅広い脚の動きができ、歩行やしゃがみ込みなどの日常動作を行うための重要な役割を担っています。関節は骨の表面が軟骨に覆われています。
Q. 股関節の代表的な疾患には、どのようなものがありますか?
A. 50代以上で股関節の痛みが出てレントゲンを撮ると、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)という診断になることが最も多いです。日本人で特に女性は、生まれつき大腿骨頭を覆う寛骨臼の被りが浅くて体重を支える面積が小さい寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)の人が多く、それによって軟骨が局所的に摩耗し、変形性股関節症を発症する人が多くみられます。骨と骨がゴリゴリと当たって痛みが出る疾患です。ほかには関節リウマチや、大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)といって骨頭の一部が壊死する疾患もあります。
Q. 治療はどのように進められるのですか?
A. まずは日常生活で困っていることや症状を患者さんにお聞きし、身体所見を行います。股関節の可動域なども含めて総合判断し、変形の進行状況に合わせて治療法をご提案しています。初期から進行期までの患者さんには、投薬による痛み止めや、進行の予防に役立つといわれるハムストリング(太ももを形成する後ろ側の筋肉の総称)のストレッチなどの理学療法を行います。進行期から末期にかけての患者さんには、このような保存療法では除痛できないケースが多いので、いたずらに様子を見る期間をとるよりも手術をお勧めすることが多いです。
Q. 手術をしたほうがよいか、見極めるポイントはありますか?
A. 「レントゲン画像で変形が強いから、すなわち手術」ということはありません。中には、レントゲンで強い変形が見られるけれど、数日前まで痛みを感じたことがなかったという患者さんもおられます。特に手術を希望されていない場合は、保存療法で様子を見ます。どれぐらいで痛みが落ち着いてくるかを予測するのは難しいのですが、経験上、初期であれば保存療法を3ヵ月から半年ほど続けると落ち着いてくるケースが多いです。
ただし、すでに痛みが長期にわたっている場合は、保存療法の期間が長くなるにつれてこれまで以上に歩行能力が落ちていくことが懸念されます。筋力が低下し、痛みをかばいながら歩くことで骨の萎縮が進む場合もあります。保存療法では軟骨が増えたり、動きが劇的に良くなったりすることは望めないうえ、この先も痛みが続けば生活の質も低下していきます。そのような状況になれば、手術したほうがよいということになります。
Q. どのような手術になりますか?
A. おおむね45歳未満であれば、患者さんの骨の一部を切って角度を変え、寛骨臼のかぶりを深くする骨切り術(こつきりじゅつ)になります。それ以上の年齢の方は、人工の股関節に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)になります。以前は人工股関節の寿命は10~15年といわれ、再置換術(さいちかんじゅつ:人工関節を入れ換える手術)が必要になるため、人工関節の寿命を考慮して高齢になってから手術するのが一般的でした。しかし今では、人工股関節自体の耐性が良くなって、もっと長い期間の使用が期待できるため、45歳を超えれば手術することも選択肢の一つになってきています。
Q. 人工股関節の品質は、どのように向上しているのですか?
A. 寛骨臼にはめ込むソケットには、軟骨の役目を果たすポリエチレンライナーを設置するのですが、昔は時間の経過とともにこのポリエチレンが摩耗して、ゆるみや脱離などの不具合がでていました。しかし近年になり、ポリエチレンにクロスリンクという加工が施されることで、摩耗しにくくなっています。さらに最近では、摩耗の一因である酸化を防ぐためにポリエチレンにビタミンEを添加したものなども登場しています。大腿骨頭の役割を果たす骨頭ボールのほうも、金属製に加えてセラミック製も開発されました。セラミック製だとポリエチレンを傷つけにくいため、さらに摩耗を回避できるようになっています。こうした素材や技術の進歩によって、人工股関節の寿命は大幅に延びています。
Q. 人工股関節の手術には、さまざまなやり方があるのですか?
A. 大きく分けると、セメントを使うセメントタイプと使わないセメントレスタイプの場合があり、それぞれにメリットがあります。私はかつてセメントレスタイプを使って手術をしていましたが、現在はより長期成績が期待できるセメントタイプで行っています。手術では、界面バイオアクティブ骨セメント法(IBBC法)と呼ばれる方法を採用しています。この手術法だと、セメントを流し込む前に骨の表面にハイドロキシアパタイト(骨の主成分)の顆粒をまいて、より強固に骨と人工股関節を固着させられるのです。ハイドロキシアパタイトは、手術から約3週間後に骨伝導というプロセスによって骨細胞が新生骨を伴ってくることが期待でき、セメントと骨が結合するような固定力があると考えられています。今、私が認識している手術法の中で、最も長期成績が見込める手法だと考えており、患者さんには「40年以上の耐用が期待できる」とお伝えしています。
Q. それなら中高年の方でも手術が受けやすいですね。では、手術の合併症について教えてください。
A. 約200人に1人の割合で起こるといわれる合併症に、感染があります。感染すると再手術になるため、患者さんにとって身体的にも精神的にもかなり負担がかかります。対策のために、整形外科学会のガイドラインに沿って患者さんにできることはすべて行っています。それに加え、手術で使うハイドロキシアパタイトの中に抗生剤を混ぜて使用することで、急性期の感染の予防を期待しています。
合併症には、人工股関節を骨に挿入する際の術中骨折も含まれますが、セメントタイプだと手早く対処できるうえ、術後に、人工股関節が沈下することでおこる骨折もほとんどありません。人工関節が外れる脱臼も合併症ですが、これに対しては、脱臼しにくいといわれている患部の前側方から侵入する方法で手術を行うことで予防しています。
Q. リハビリはどのように進められるのですか?
A. 当院では、手術翌日から車いす移乗訓練を行い、ご自身で立てる方はさっそく歩行訓練を行います。リハビリ療法士のマンツーマンでの指導のもとリハビリを行い、約3週間で退院されていかれます。股関節は膝関節に比べて術後の回復が早く、中には術後1週間ほどで退院される方もおられます。当院では、患者さんの希望によって入院の延長も可能です。
当然ながら手術では筋力強化はできないので、術後の日常動作をスムーズにするには、いかに大腿四頭筋(だいたいしとうきん)や中殿筋(ちゅうでんきん)を訓練するかが重要になります。これまで痛みがあってかばってきたせいで落ちてしまった筋力を、リハビリを通してしっかり回復させていきます。退院後にも通院リハビリや自主訓練を続ければ、回復のスピードに大きな差が出ます。
Q. 最後に、先生が医師を志された理由を教えてください。
A. 学生時代はサッカー部に在籍し、長くスポーツを続けてきた中で、スポーツによるケガや慢性疾患の治療に興味を持っていました。身体の機能を回復させる整形外科分野は、患者さんが、いきいきとした活動的な生活を取り戻す手助けができると思い志望しました。
骨折や関節の病気を治療することは、できなかった動作ができるようになるだけでなく、健康寿命を延ばすことにもつながります。これからも、より長期の成績が望める手術法を追求していきます。
取材日:2019.11.26
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
関節の病気を治療することは、できなかった動作ができるようになるだけでなく、健康寿命を延ばすことにもつながります。