先生があなたに伝えたいこと
【丸山 正吾】股関節はごまかしのきかない関節です。股関節の痛みを取って日常生活を彩り豊かなものにするために、骨格や生活習慣も考慮した最適な治療を提案しています。
Q. 股関節の構造と仕組みについて教えてください。
A. 股関節は主に骨盤側にある寛骨臼(かんこつきゅう)と大腿骨(だいたいこつ)で構成され、半球状の受け皿である寛骨臼に、ボール状の大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまり込む構造になっています。膝は曲げたり伸ばしたりという2次元の動きをしますが、股関節は2次元の動きに加えて、ねじるなどの複雑な3次元の動きをするために脱臼しやすく、一度痛みが生じるとなかなか痛みがとれないのが特徴です。
患者さんには「股関節というのはごまかしがきかない関節です」とまずお伝えしています。膝の場合は、痛くなったらなるべく動かさないようにして膝をサポーターで固定したり他の関節を使ったりしながらそのまま生活することもできますが、股関節の場合は、動かせなくなると腰かける、立ちあがるといった動作が難しくなり、日常生活のあらゆる場面に支障が出ます。膝にも股関節にも痛みを抱えていて同じように悪い場合は、股関節から治療することが一般的です。
Q. 股関節の疾患でお悩みの方には、どのような疾患の方が多いのでしょうか?
A. 変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)で、股関節の軟骨が徐々にすり減り、炎症が起こって股関節の周囲に痛みを訴える方が多いです。遺伝的に日本人には多いのですが、股関節の寛骨臼の発育が生まれつき悪い寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)が原因で発症する場合や、リウマチなどの病気が原因で発症する場合があります。老化や肥満が原因で発症することもあります。
Q. どういった治療法がありますか?
A. まずは股関節周辺の筋肉を鍛える運動療法や薬物療法を行いますが、股関節の変形が進んで痛みもおさまらず、日常生活に支障をきたす場合には、変形した股関節を取り除いて人工股関節に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)を行います。
Q. 運動療法にはどのようなものがありますか?
A. 数ある運動療法の中で私がとくに患者さんに薦めているのが「ジグリング」、いわゆる貧乏ゆすりです。関節に負担をかけない小刻みな摩擦運動を行うことで、関節液が絶えず循環して関節軟膏に栄養が行き渡り、症状の改善が期待できます。そのほか、いすに座って片方ずつ足を床に対して水平に上げ、足首をゆっくり曲げ伸ばしして股関節を動かさずに周囲の筋肉を鍛える方法もお薦めです。スポーツジムで行うような強い負荷がかかる運動は行わないようにします。
Q. 人工股関節について教えてください。
A. 昔は人工股関節の耐用年数が短く、70歳以上の方が人工股関節置換術の対象でした。最近では、人工の軟骨に相当するポリエチレンに特殊な加工をして摩耗を減らす技術が開発され、人工股関節の耐用年数が格段に向上しました。過去に新しい技術を使ったポリエチレンを用いて施行した患者様で調べたところ、ポリエチレン5mmの厚さ分を摩耗するのに、平均400年かかるという結果が出ています。
Q. 先生は地域性生活習慣も考慮して治療に当たられているとのことですが、具体的にはどのような点に着目されているのでしょうか?
A. 同じ変形性股関節症であっても、地域の産業や住民の年齢層、住居の形態などによって傾向が異なります。当院のある遠州はお茶の産地として有名で、いちごやメロンなど農業も盛んな地域です。股関節の痛みで当院を訪れる方の中には、農作業で立ったりしゃがんだりといった作業を繰り返すことで骨盤が後ろに傾く骨盤後傾(こつばんこうけい)の方が多く見られます。身体の中心にあって体重を支えるべき骨盤が後ろに傾くと、股関節に余分な負荷がかかって股関節の変形を引き起こします。骨盤後傾が原因で起こる変形性股関節症が多いのは、この地域ならではの特徴です。
Q. そうした傾向を見極める診断方法や、具体的な治療法について教えてください。
A. 通常、股関節のレントゲンは寝た状態で撮りますが、当院では骨格が骨盤後傾になっているか、立位(立った状態)と背骨のレントゲン写真も撮って骨盤の傾きを診て、手術前にある程度の予想をつけます。
立った状態と寝た状態で骨盤の見え方が違えば骨盤が後ろに傾いていることがわかります。骨盤後傾の患者さんの場合は、そのまま人工関節を入れたとしても、骨盤の受け皿である寛骨臼に収まらず、被りが浅い前方への脱臼リスクが高まります。そのため、人工股関節置換術を行う際には設置角度を小さくするなどの工夫をします。
前開きの角度を小さくし、外開き角度を
抑え気味に設置することで、前方に脱臼するリスクを減らす
Q. 患者さん一人ひとりの生活習慣も考慮されて治療されているのですね。
A. そうです。その方の骨盤の癖や生活習慣も加味して角度を考えます。ただ、人工股関節を入れたときには普通の姿勢だった方が、高齢になって後傾してくることはあります。腰の曲がった高齢の方というのは、筋肉の力が衰えて屈んだほうが楽なので骨盤が後ろに傾いていくのです。
Q. 人工股関節置換術の手技も以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 米国で開発された、筋肉や腱を傷つけずに人工股関節を入れる筋腱温存(きんけんおんぞん)手術が導入されたことで、術後の回復が劇的に早まりました。この手術手技では、筋肉を切らずに分け入って股関節に到達することができます。
Q. 新しい手技ではどのような変化がありましたか?
A. 傷口が8~15cmだったものが7~9cmと1cmの2か所と小さくなり、特に傷口が大きくなりがちな肥満体型の患者様でも、あまり傷口を大きくしなくても手術可能となりました。これまで2~3週間かかっていた入院期間が1〜2週間、早ければ4日程度になりました。
それまでの手術では半年は正座を禁止していたのですが、新しい方法で手術した患者さんを2日目の回診をした際に、「あ、先生!」とぱっと起き上がって正座をされたんです。「もうそんなことができるんだ!」と驚いて動画を撮らせてもらいました。退院して2週間後に検診にいらした方が、もう畑仕事で真っ黒に日焼けされていたこともあります。個人差はありますが、痛みがほとんどない方も多く、「先生、私本当に手術したんでしょうか?」と聞かれることもあります(笑)。
Q. 手術後の日常生活での制限事項はありますか?
A. 特に制限はありませんが、術後1~2ヵ月間は足を組む動作はしないようにお伝えしています。退院後は1、3、6ヵ月目と1年目にレントゲンのチェックをしています。
Q. 先生が手術を行う上で心がけていらっしゃることはありますか?
A. 股関節の痛みは日常生活を辛いものにしてしまいます。手術によって痛みを取ることで日常生活を彩りのあるものにしてあげたい。股関節が痛くて家でふさぎこんでいた方が、手術後に旅行に行ってきたとうれしそうに話されるのを聞くのが楽しみです。
Q. 人工股関節に不安を抱えている方にメッセージをお願いします。
A. 手術を受けた多くの方から、「こんなに楽になるならもっと早くやっておけばよかった」という声をよく聞きます。無理強いすることは決してありませんが、やるべきことをすべてやっても痛みがおさまらない方には、生活習慣や希望をお伺いしたうえで、ニーズに合った最適な治療を提案させていただきます。
取材日:2018.10.17
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
股関節はごまかしのきかない関節です。股関節の痛みを取って日常生活を彩り豊かなものにするために、骨格や生活習慣も考慮した最適な治療を提案しています。