先生があなたに伝えたいこと
【大澤 透】治療と運動を両立し、「イキイキ人生」を目指しましょう。
京都第一赤十字病院
おおさわ とおる
大澤 透 先生
専門:脊椎外科
大澤先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
脊椎の前方手術の新しいデバイス(手術器具)が日本に導入されると知りました。有効と思われる症例があるので、安全に考慮して導入を検討したいと思っています。
2.休日には何をして過ごしますか?
ワインに合う料理を作り、大好きなワインをゆっくり味わうのが至福の時です。また最近は、自分自身も体力維持が必要と考えてトレッキングやウォーキングも楽しんでいます。京都には、旧跡を巡りながらトレッキングできるルートが整備されているんですよ。
Q. 今回は「高齢者にやさしい脊椎手術」をテーマにお話を伺います。まずは高齢者に多い脊椎の病気について教えてください。
A. やはり老化現象による疾患がメインになります。中でも代表的なのは「腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)」です。これは、神経の通り道である脊柱管が狭くなり神経が圧迫されて、腰や下肢がしびれたり痛くなったりする坐骨神経痛(ざこつしんけいつう)が出てくる疾患です。進行すると筋肉が脱力する、いわゆるマヒのような状態になります。特に典型的な症状は間欠跛行(かんけつはこう)です。これは、一定距離を歩くと足のしびれやつっぱり、痛みのために歩くのが辛くなるのですが、腰かけたりしゃがんだりして少し休むと症状がすっと引いてまた歩けるというものです。
Q. 歩行障害が出てしまうと高齢者には悪影響ですね。
A. ロコモティブシンドローム(略称ロコモ)の予備軍となってしまいますからね。これは運動器の障害が原因で、歩く、立つなどの移動機能が低下した状態です。進行すると要介護となってしまいます。大事なのは治療しながら運動もすることでロコモを予防することです。
Q. 腰部脊柱管狭窄症は老化現象でおこるということですが、予防するのは難しいでしょうか?
A. よく聞かれるのですが、「不老不死の薬がない限り、老化を止めることは残念ですが難しいです」とご説明しています。反対のいい方をすると、「老化現象による自然な体の変化であって病気とは少し違います。治療対処方法があるので一緒に治していきましょう」とご説明しています。
Q. わかりました。では腰部脊柱管狭窄症の治療についてお伺いします。手術を含め治療には種類があるのでしょうか?
A. おおよそ1/3ずつに分かれます。経過観察で症状が改善するのが1/3、症状が少し進んで保存的治療を行うのが1/3、手術が必要になるのが1/3です。それでも、当院で手術を行うのは疾患全体の10%前後でしょうか。
Q. 手術へ至るケースはそう多くはないのですね。
A. ええ。ですから、患者さんの話もよく聞かず画像診断だけで手術をするのは論外です。本当に手術が必要なのかどうか、患者さんをよく診て、よく話を聞いて判断することが常に求められます。
Q. 保存的治療とは具体的にどういうことをするのですか?
A. 痛み止めなどの薬物療法、コルセットなどを使用した装具療法、骨盤牽引といった物理療法、運動療法などを併行します。重要なのは、治すということだけに集中するのではなく、先ほどご説明したように、治しながら歩く機能が落ちないように運動を心がけることです。当院では、疾患に応じて健康体操やロコモ体操を推奨し、指導しています。
Q. 手術にはどのようなものがあるのでしょうか。
A. 狭窄部位に不安定性がない場合は、神経の圧迫を取り除く「神経除圧術」のみを行います。1ヵ所につき約3cmの皮膚切開で侵入して、そこから顕微鏡を使って狭窄部位の骨を細かく削り、脊柱管を広げて神経の通りを良くします。1ヵ所であれば手術時間は1時間から1時間半ほどで、出血は60ml程度。翌日にはベッドから起き上がることができます。入院期間は10日間から2週間です。
Q. 狭窄部位に不安定性のある場合の手術は?
A. 神経の圧迫を取る手術と同時に、チタン製の金属(ボルト)を挿入して人工骨及び自家骨で脊椎を固定する手術を行います。手術時間は2時間程度で出血は100から120ml。ほとんどは翌日より離床して、腰椎コルセットを3ヵ月から6ヵ月間装着していただきます。実際の入院期間は10日から2週間です。
Q. どちらの手術も高齢者にやさしいといえるのでしょうか?
A. ここ10年の間にも手術は大きく進歩して、高齢者の体にやさしくなりました。神経除圧術では皮膚切開は以前の半分以下ですし、顕微鏡を使って非常に小さな傷で、周囲の組織も傷つけることなく手術ができます。輸血も必要ありません。さらに筋肉を傷めることが少ないので、術後2、3日もすれば歩く練習が始められます。早期に歩けるのは高齢者には大きなメリットですね。腰椎固定術も、当院では最新の低侵襲(ていしんしゅう:切開の大きさが小さい)手術を採用しています。体への負担が少なく、体が元気なら何歳でも手術が可能です。
Q. 内視鏡を使った手術も行われていると聞いたことがあります。
A. 内視鏡を使った脊椎手術は増えていますが、当院では腰部脊柱管狭窄症ではあまり行っていなくて、椎間板ヘルニアで第一選択としています。PED(PELD)といって大変細い内視鏡を使う手術です(大澤先生のホームページ→詳しくはこちら)。皮膚切開は4mm程度、局所麻酔で行っています。骨や筋肉、関節を傷めることなくヘルニアだけを取る、これも高齢者にやさしい手術です。
Q. 背骨の手術を受ける前の準備として、何か注意しておくことはありますか?
A. 痛いからと安静にし過ぎていると、体力も歩く機能もどんどん衰えてきますから、痛みに応じて運動や歩くことを続けることです。安静は症状の改善にはなりません。医師の指示に従って最低限必要な運動機能の保持を心がけてください。また、術前検査でもちろん全身の状態は把握しますが、過去に大きな病気をした方、循環器系疾患、糖尿病、あるいは喘息など呼吸器系疾患のある方は念のために必ず申し出てください。
Q. 手術のリスクと回避策についても教えてください。
A. みなさんが一番心配されるのは、神経を傷めて下半身麻痺にならないかということですが、顕微鏡や内視鏡を使い、神経を拡大し直視して丁寧に手術をしますので、神経を傷めるリスクは極めて低いといえます。また腰椎固定術においては、ボルトが正確な位置に入るよう、コンピュータ支援のナビゲーションシステムを採用しています。脊髄の腫瘍や脊椎の変形を矯正するような大きな手術では、手術中に神経が障害されていないかを確認する脊髄モニタリングを行いながら手術をします。手術一般にいえる感染については、クリーンルームにするだけでなく慎重かつスピーディーに、コンパクトに手術をすることでリスクを低減しています。あとひとつ、「術後血腫」といって、傷の中に血が溜まるという合併症があります。これは予防しようと思っても300分の1くらいの確率で発生してしまいますから、発生したときに迅速に対応できるように看護師を教育して体制を整えています。患者さんには、「術後に何か違和感があれば我慢しないで、何でもすぐに伝えてくださいね」とご説明して、何事にもすみやかな対応を周知徹底しています。
Q. 手術後の生活で気をつけることはありますか?
A. 健康的な食生活、禁煙、何度も繰り返しますが適切な運動です。特に固定術を受けられた患者さんは骨がつかないといけないのですが、喫煙は骨のつきを悪くします。運動は、痛みのため手術前に歩く力が衰えてしまっていることが多いので、術後はできるだけ体を動かして筋力の回復に努める、特にウォーキングとロコモ体操を日課にしていただきたいと思います。さらに、自分のしたかったこと、興味の持てることにイキイキと取り組んでいただくことが大切です。中には慢性的な痛みが完全に取れないケースがあるのですが、運動や体操でずいぶん痛みは改善されますし、せっかく手術をしたのですからいろいろとチャレンジして、明るく元気に過ごしていただきたいと思います。
Q. ありがとうございました。最後に先生のモットーや座右の銘がありましたらお聞かせください。
A. 座右の銘は、「治療方針で迷ったときは患者さんに寄り添い、患者さんの言葉に耳を傾けなさい」という先輩医師の教えです。さらに常に精進すること、現状に満足せず常により良い結果を求めて前進することです。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2016.11.22
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
治療と運動を両立し、「イキイキ人生」を目指しましょう。