先生があなたに伝えたいこと
【楊 鴻生】骨粗鬆症(こつそしょうしょう)による骨折や痛みの連鎖を防ぐためには、骨全体を強くする治療を継続することが大切です。
兵庫医科大学ささやま医療センター
よう こうせい
楊 鴻生 先生
専門:整形外科・骨代謝・股関節・関節リウマチ
楊先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
写真が趣味で、近くの野山に出かけては撮影しています。また人を撮るのもとても好きで、その方がどういう人生を過ごしてきたのだろう、などと考えながらファインダーを覗いています。
2.最近気になることは何ですか?
ネパールへ行って感じたことですが、ネパールというのは1日に10時間以上停電するような貧しい国なのに、みなさん明るく生き生きと暮らしているんですね。ひるがえって日本は、きれいで静かで環境的にも恵まれているのに、何となくみんな元気がないというか...。文明の進歩は、反面で人から活力をなくしてしまうのかな、とすごく気になるようになりました。高度な文明の発達だけを求めるのではなく、原点に返って、生きるということに真剣で、人とのつながりや温かみを重んじる社会を、もう一度みんなで作っていく必要があるように思います。
骨粗鬆症と骨折との関係
Q. 骨粗鬆症とはどのような病気なのでしょうか?
A. 骨粗鬆症とは、骨量(骨密度)が極端に少なくなる病気です。骨密度が減ると骨の構造が弱くなる、すなわち骨の強度が低くなり、骨折しやすくなります。臨床的な判断基準としては、若年成人(20~40歳)の骨密度の平均より70%以下になれば、骨粗鬆症ということになります。骨粗鬆症の患者数は1300万人といわれ、80歳を越えると半数近くがこの中に入ってきます。しかし、もちろん高齢であっても骨密度の高い方はおられますので、老化プラスアルファ、たとえば生活習慣や体質など、何らかの原因で骨粗鬆症になると考えられています。
Q. 病気が骨粗鬆症の原因になることもあるのですか?
A. はい。代表的なものは関節リウマチです。ステロイドの長期服用や、運動ができないことにより、骨量が減ってしまうんですね。変形性関節症で痛くて動けないという人も、リスクは高くなります。ほかにも糖尿病、腎臓病、ホルモンの病気などが影響することもあります。骨粗鬆症は、とくにはっきりとした原因がなくても発症してしまう場合と、原因が明らかな場合とに分かれるわけですね。
Q. なるほど。では、女性の患者さんが多いのはなぜなのですか?
A. これは女性ホルモンが影響しています。女性ホルモンというのは、骨、軟骨、関節などを守り、関節の炎症を抑える役割も持つことが最近わかってきました。女性ホルモンが十分に出ている生理のある間は骨量が減りませんが、閉経しますと、不思議なことに一気に骨量が減ってしまう。生理不順の方や生理が早く上がった方は、それだけ早く骨粗鬆症になるリスクが高くなるといえます。
Q. ということは、男性は骨粗鬆症にはならない...?
A. いいえ、男性も加齢とともに徐々に骨量が減り、骨粗鬆症になることはありますよ。けれども男性には閉経がありませんので、女性のように急激に骨量が減ることはありません。症状の出るのが女性より10年~15年遅れ、また男性の平均寿命の関係から、あまり注目されてこなかったんです。実際、女性のほうが男性の4~5倍の患者数です。
Q. よくわかりました。そうしますと閉経後の女性はとくに、定期的に検診を受けることが大切ですね。
A. おっしゃる通り、人間ドッグや骨ドッグを受けられることは非常に大事です。骨粗鬆症は"静かなる病気"といわれ、骨密度が少なくなった当初は症状が出ません。来院されるのは異常を感じてから、という方がほとんどです。
Q. その異常というのは?
A. 多いのは脊椎の圧迫骨折です。また転倒して、橈骨(とうこつ)や手首、肩などを骨折したりして初めて、自分の骨量が少ないことに気づかれるわけですが、本当はそれでは遅すぎるんです。大事なことはもっと早い時期に自分の骨の量を知っておくこと。自治体で50歳節目健診などが実施されていますから、ぜひ受けていただきたいです。
Q. 脊椎の圧迫骨折について、もう少し詳しく教えてください。
A. 圧迫骨折(脊椎骨折)は骨の内部がスカスカになることで、ほんの少しの衝撃、たとえばくしゃみをしただけでも起こることがあります。たいていは腰が痛くなる、あるいは身長が低くなるという異常が表れます。身長に関しては、若い頃と比べて4cm以上低くなれば、骨粗鬆症による圧迫骨折が疑われますし、背中が曲がったり、今まで取れていた棚の上のものに手が届かないということもサインになります。また背骨が少しずつ曲がってきますと背骨の筋肉が緊張して、骨折もしていないのに痛みが出るということもありますね。さらに骨量が減りますと、転んで大腿骨近位部骨折(だいたいこつきんいぶこっせつ)を引き起こすこともあります。
Q. 大腿骨近位部骨折とは?
A. 近位部骨折には大腿骨の付け根部分が折れる大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)と、少し外側が折れる転子部骨折(てんしぶこっせつ)があり、どちらも歩くのが困難になったり寝たきりになることもあるなど、患者さんの人生を大きく左右してしまいます。とくに頸部骨折は骨接合が難しく、骨のずれが大きくなった場合は人工骨頭置換術を、骨折から変形性股関節症を発症した場合は、骨頭と骨盤側の両方を人工関節に入れ替える人工股関節置換術を行う必要が出てきます。
Q. 人工股関節もずいぶん進歩しているそうですが?
A. ええ。人工関節で大事なことは、いかに自分の骨にダメージを与えず、自分の骨になじんでくれるかということです。そのための材質の進歩も著しく、さらにいろいろな新しいアイデアも取り入れられています。人工股関節でいえば、ステムのほうでは、手術後2、3週間の初期固定をしっかり行うため、二方向からスクリューを締結するような製品があります。カップのほうでは、少し古いタイプのプラスチック製のものは何万回、何十万回と動く間に摩耗して、その摩耗した粉が骨と人工関節の間に入り込んでしまうことがあるので、それを防ぐために、プラスチックにγ(ガンマ)線を照射したものやステムにカラーを付けたものなどがあります。これ以外にも人工関節はさまざまな工夫がなされ、長期の寿命が期待できるようになっています。
骨粗鬆症と疼痛(とうつう)治療について
Q. 骨粗鬆症では、疼痛治療もとても重要だとお聞きしていますが?
A. そうなんです。まず骨粗鬆症には2通りの痛みがあります。ひとつは、骨が潰れたり骨折することで非常に強い痛みの出る"急性疼痛"。この痛みに対しては、一般的には骨接合手術を行います。背骨の場合には、コルセットのようなもので固定したり、骨セメントを入れて固める、外から金属のねじで止める等の手術法もあります。とにかく、骨をくっつけてあげることが一番の治療ですね。しかし、いつの間にかじわりじわりと痛みが出てきて、疼痛が疼痛を呼ぶということがあります。これが"慢性疼痛"。絶えず痛みが続くので精神的にもダメージが出てしまいます。
Q. 慢性疼痛にはどのような治療法があるのでしょうか?
A. 基本的には痛み止めを服用するということになりますが、慢性的な痛みの場合、精神的、神経的ケアの必要もありますので、とても複雑です。人には"痛みの記憶"というのがあって、本当は何ともないのに、ほんのちょっとしたことで痛いと感じてしまう。そうすると常に緊張状態となって、さらなる痛みを引き起こします。だから本当は、痛みが慢性化する前に抑えたいわけです。
Q. やはり何ごとも早期発見、早期対応ですね。ところで、骨折や痛みの治療についてお伺いしてきましたが、骨粗鬆症そのものの治療についても教えてください。
A. はい。骨粗鬆症の場合、体内の骨全体を強くする治療が最優先であり最重要です。骨折などには手術的治療などがありますが、骨全体がもう弱くなっているわけですから、異常の出ている箇所だけを治療して強くするだけでは、根本的な解決にはなりません。この、骨を強くする治療では薬物治療が一番進んでいます。
Q. 具体的にはどのようなお薬があるのですか?
A. 骨は、吸収(破壊)と形成のバランスで成り立っています。ダムの貯水をイメージしてみてください。女性ホルモンは、ダムに溜まった水の放流を抑える働きがあります。だから、骨というダムに一定の水が溜まる。ところが閉経により女性ホルモンが少なくなると、水を止める栓がゆるくなってしまい、余計に水が流れ出て、ダムに溜まるべき水がだんだんと減ってしまいます。今、最もオーソドックスな治療は、そのダムからの放流を抑えること。以前には女性ホルモンが投与されていましたが、乳がんや子宮がんのリスクもありますので、現在では、それに変わる(※)SERM(サーム)という薬を使うことが多いですね。またダムの放流を強制的に止めてしまう、ビスフォスフォネートというお薬もあります。さらには新しい治療として、ダムに流れ込む水の量を増やす副甲状腺ホルモン(PTH)治療も盛んになりつつあり、選択の幅が広がってきました。
※新しいタイプの骨粗鬆症治療薬(selective estrogen receptor modulator:選択的エストロゲン受容体モジュレーターの略)。従来の骨粗鬆症の治療薬と比較し、乳がんの発生率を有意に低下させるといわれている。
Q. 急性の疼痛が治まったあとも、そのような骨粗鬆症の治療は必要なのでしょうか?
A. ほとんどの場合、お薬による骨粗鬆症の治療を続けたほうがいいでしょう。ただ、手術が成功すれば治療終了とされるケースもないことはなく、これが非常に問題なんです。ひとつ骨折が治っても、またどこかが骨折して、それを繰り返すという場合があるのです。大腿骨近位部骨折も、片方の足に起こると、もう片方の足も折れてしまう危険が一気に高くなります。
Q. 患者さんはどのような対処をすればいいのでしょうか?
A. 「骨粗鬆症の治療をしたい」、「自分の骨を強くしたい、治してほしい」と必ず申し出ていただきたいと思います。 もっといいますと、骨と膝(ひざ)や股などの関節は密接につながっています。骨に問題が生じているときは関節にも問題が生じていますし、関節に問題が生じると骨にも影響が出る、ということを知っておいていただきたい。骨に問題が起こると自律神経やカルシウム代謝にも影響が出てきて、動脈硬化などの血管の問題が出現します。しっかりと検診をして、問題が発見されれば早い目に予防的対処をして、三位一体の治療で悪循環を断ち切ることが重要です。医師はもちろんのこと、患者さんにもその意識を強く持っていただきたいと思っています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2013.1.31
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
骨粗鬆症(こつそしょうしょう)による骨折や痛みの連鎖を防ぐためには、骨全体を強くする治療を継続することが大切です。