先生があなたに伝えたいこと
【吉武 新悟】肩の痛みを引き起こす腱板断裂は可能な限り手術を回避しながら、痛みを抑える治療を行っています。
社会福祉法人 恩賜財団 済生会支部 香川県済生会病院
よしたけ しんご
吉武 新悟 先生
専門:肩関節
吉武先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
体型維持のためにランニングを始めたのですが、去年初めてマラソン大会に出場して以来、記録を目指して大会に出る面白さを知りました。いつどこでフルマラソンの大会が開催されるかが気になって、よく調べています。
2.休日には何をして過ごしますか?
休日平日を問わず、時間を見つけてはランニングをしており、気候のよい時季は10kmぐらい走っています。今年は、幸運にも大阪マラソン大会に出場できました。また次の大会出場に向けて、トレーニングを重ねています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 肩の痛みを引き起こす腱板断裂(けんばんだんれつ)について教えてください。
A. 腱板とは肩関節にある4つの筋肉の腱から構成されているもので、これが剥がれるのが腱板断裂です。断裂といっても、実際に腱が裂けているケースは少なく、腱の一部が上腕骨(じょうわんこつ)から剥がれて浮いていることが多いです。
Q. 剥がれることで痛みが出るのですね?
A. 剥がれて痛みが出ることもありますし、腱板が剥がれていても肩は動かせるので、動かしたときに骨に擦れて痛みが出ることもあります。また上腕骨は、身体を起こしている状態だと垂直方向に重力がかかりますが、寝ている状態だと少し前へ突き上げられるような状態になります。それによって傷んだ腱板が押し付けられることなどで、寝ているときに痛みが出る夜間痛が起こることもあります。
Q. 腱板断裂はどのようにして起こるのですか?
A. 加齢に伴う変化、もしくはケガによって起こります。起こりやすい人の傾向は明確にはなっていないのですが、糖尿病の人は罹患率が高いといわれています。糖尿病によって、筋肉など諸々の組織の劣化が早くなることが腱板断裂に関係していると思われます。
Q. ケガの場合は、若い方も腱板断裂になることがあるのですね?
A. 外傷による腱板断裂として、もちろん若い方にも起こり得ますが、中高年の方も少なくありません。よくあるのはゴルフでスイングしたときに、クラブを誤って地面にたたき込んでしまって肩に衝撃を受け、ブチッという音がしたということで来院される方もおられます。
Q. そうなのですね。腱板断裂はどのような症状がありますか?
A. 多いのは、肩を動かしたときの痛みです。そして、筋肉のつけ根が損傷していることで筋力が低下し、腕を上げている状態を維持しにくくなります。患者さんはよく、「洗濯物が干しにくくなった」と言われます。干す作業をしているうちに、腱板断裂を起こしているほうの腕だけが早く疲れてしまい、腕を上げる状態を維持できなくなります。また、高いところに物を持ち上げたりすることも難しくなることがあります。
Q. 診断はどのように行うのですか?
A. 診察をし、ケガで骨折などの疑いがある場合はレントゲン検査を行います。ケガがなくても、腱板断裂を起こしている可能性が考えられる場合は超音波検査、最終診断としてMRI検査を行います。
腱板が骨からわずかに剥がれている場合もあれば、剥がれた腱板が逆方向に引き込まれ、元々あった位置から離れてしまっている場合もあります。ただし、損傷の度合いが大きいほど痛みが強いというわけではないところが特徴的です。
Q. 腱板断裂の治療方法について教えてください。
A. 一度剥がれた腱板を元に戻すためには、基本的に手術が必要になります。しかし一般的には、まずは剥がれている状態のまま、痛みなく肩を動かせる状態を目指して、薬や注射、リハビリなどの保存的な治療で、症状を軽減させていきます。
Q. そうした保存的な治療について具体的に教えてください。
A. リハビリは大きく分けて2パターンあり、1つは痛みが出る原因をなくす運動、もう1つは筋力トレーニングがあります。骨と傷んだ腱板がぶつかることが原因で痛みが生じる場合、運動によって骨の動きを改善することでぶつかりを回避します。具体的にいうと、背中の肩甲骨が大きく動かせるようになるとぶつかりにくくなり、痛みが出にくくなります。
もう一方の筋力トレーニングは、全部で4つある腱板の筋肉の中で正常なものを鍛えることで、剥がれた部分の機能を補完する力をつけます。腱板はインナーマッスルなので鍛えると、痛みの低減と筋力の持続力につながります。
薬や注射は、骨と腱板がぶつかることで起きる炎症を抑えるものです。肩を動かしていなくても痛みが出る夜間痛などの場合は、炎症が痛みの原因になっている可能性があります。その場合に注射を打つと痛みが和らぎ、中には1度打っただけでかなり改善する方もおられます。一般的には、リハビリと併せて薬や注射での治療を行っていきます。
Q. どのような場合に手術になるのですか?
A. 腱板断裂の進行度合いと症状は一致するわけではないので、重症だから手術をするということはありません。当院では、保存的な治療を3カ月程度続けても効果がみられない場合、あるいは最初からリハビリができないほどに痛みが激烈な場合に手術をご提案します。
Q. どのような手術になるのですか?
A. 基本的には、関節用の内視鏡を使った関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)になります。1cm足らずの穴を4~5カ所に開けて内視鏡を入れ、剥がれた腱板の端を元の位置に縫合する手術です。骨にアンカーと呼ばれる特殊なボルトを打ち込むと糸が出てくるので、その糸で腱板を固定します。時間が経つと、骨と腱板の間に組織が再生されて自然にくっついていきます。
一方、剥がれた腱板が元の位置まで引っ張れないほど離れていることがMRI画像で確認できる場合には、腱板を修復するこの手術ができません。そうした場合は、リバースタイプの人工肩関節に置き換える人工肩関節置換術(じんこうかたかんせつちかんじゅつ)が選択肢となります。
Q. リバースタイプの人工肩関節というのは、どのようなものですか?
A. 昔は、腱板断裂の手術に人工関節(インプラント)が用いられることはありませんでした。基本的に人工関節は、股関節や膝関節の軟骨がすり減って痛みが出ることに対して、傷んだ関節を人工物に置き換えるという発想のものです。それが2014年から、腱板断裂によって腕を上げる機能を失った肩関節の治療に使える人工関節が登場しました。一般的なインプラントは元の関節の構造を模した形状になっていますが、腱板断裂の治療に用いるインプラントは本来の肩関節の骨頭と受け皿が反転した形状になっています。これにより、腱板が機能していなくても筋肉の力によって肩を上げられるような構造になっています。
最近、このリバースタイプの人工肩関節置換術の症例は増えてきていますが、医師が専門の資格を持っていないとできない手術なので、対応できる施設はまだ限られています。
Q. 手術から回復するまでの期間はどれぐらいかかりますか?
A. 当院では関節鏡視下手術だと入院期間が1カ月程度で、退院後はリハビリに5カ月程度通っていただき、動かせるようになるまで半年ぐらいかかります。最初は装具で固定し、患者さん自身の組織が再生してくるまで1~2カ月は安静にしていただきます。その間に肩関節が硬くなり、筋力も落ちて来るので、様子をみながら徐々に動かして筋力を取り戻していきます。そのため長期間かかるのです。
一方、人工肩関節置換術の場合は組織を修復する手術ではないので、回復までにあまり時間がかかりません。術後に動かしていただいても問題なく、早い方なら1カ月程度である程度の位置まで肩を上げられるようになります。
Q. 回復が早いなら、人工肩関節置換術を望む方が多くなりそうですね。
A. 術後早期に肩が上がりやすくはなりますが、人工肩関節は決して完璧なものではなく、肩をねじるような動作ができなくなります。例えば、後頭部を洗う、ズボンを引き上げる、お尻を拭くといった動作は、肩にねじりが加わるのですが、これができなくなります。
人工肩関節置換術は、関節鏡視下手術の適応にならず、こうしたねじりの動作を犠牲にしてでも肩が上がるようにしたいという患者さんのみに行われます。そのため、術後の回復が早いことを理由に人工肩関節置換術を勧めるということはありません。
Q. よくわかりました。腱板断裂を起こさないために、気を付けたほうがよいことはありますか?
A. そもそも腱板断裂が起こる原因がはっきりしていないのでなんともいえませんが、糖尿病の方がかかりやすいので、糖尿病を予防する生活習慣は大切でしょう。あとは、正しい姿勢によって肩の正常な動きを維持することを心がけていただきたいです。猫背になると肩の動きが悪くなり、骨と腱板が擦れる機会が増えがちになりますから。
Q. 先生が腱板断裂の治療において、大切にされていることを教えてください。
A. できるだけ手術を回避しながら、症状が抑えられる方法を考えています。腱板断裂を起こしていても、痛みがまったくない人も多くおられるので、目指すべきはそこだと思います。リハビリを頑張っていただいて症状を落ち着かせて、いつも通りの日常生活が送れるようにサポートしたいと考えています。
Q. ありがとうございました。では最後に、先生が医師を志された理由をお聞かせください。
A. 父が整形外科医だったので、自分も同じ道を目指しました。もともとは膝関節を専門にしたいと考えていたのですが、肩の専門医が少ない中で、肩関節治療の研修を受ける機会に恵まれました。その後、肩の専門医のもとで2年半ほど仕事をさせていただき、肩関節の治療にやりがいを感じて専門医になりましたが、膝関節の人工関節置換術なども行っています。
リモート取材日:2023.8.2
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
肩の痛みを引き起こす腱板断裂は可能な限り手術を回避しながら、痛みを抑える治療を行っています。