先生があなたに伝えたいこと
【福島 成欣】高齢者に多い腰部脊柱管狭窄症は、今や内視鏡手術で対応できる時代です。
Q. 先生のご専門である脊椎の疾患にはどのようなものがあるのでしょうか?
A. 年齢とともに頸椎や腰椎を傷められる方が多いです。なかでも多いのは、腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)という疾患です。
Q. 腰部脊柱管狭窄症とはどういう疾患ですか?
A. 下半身の神経の通り道である脊柱管が狭くなって血流が悪くなるために、歩行時のしびれや坐骨神経痛、頻尿、便秘といった症状が現れます。特徴的な症状は、歩行中に足がだるくなったり痛くなったりして休みたくなり、しばらく腰掛けて休むとまた回復して歩けるということを繰り返す「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」といわれるものです。押し車を押すような姿勢だと歩きやすいのですが、背筋を伸ばす姿勢では脊柱管が狭くなるために、神経が圧迫されて下半身にしびれの症状がでます。進行すると神経の障害だけでなく、残尿感、排尿困難など膀胱直腸障害(ぼうこうちょくちょうしょうがい)が出てきます。排尿に違和感があって足がしびれるのなら、泌尿器科とともに整形外科を受診されてはいかがでしょうか。
Q. なるほど。では、なぜ脊柱管が狭くなってしまうのですか?
A. 加齢によるいろいろな変性が起きるからです。特に腰の骨が変形したり、筋力が衰えて姿勢のバランスが悪くなったり、変性に伴い、神経の周りにある黄色靭帯という靭帯が厚くなったりしてきます。そういったことが原因で脊柱管が狭くなるのです。
Q. ということは、誰でもなりうる疾患なのですね。治療にはどんな方法がありますか?
A. 基本は投薬を中心とした保存治療です。神経の痛みを取る薬や血流を良くする薬を投与します。姿勢が悪い方は筋力トレーニングを中心としたリハビリを行います。症状によって腰への神経ブロック注射で痛みを取りますが、このブロック注射でも痛みが改善しなければ、手術治療を検討することになります。ここまでくると、2、3分が歩けないなど日常生活に大きく支障をきたした状態です。筋力低下や膀胱直腸障害のある場合には早急な手術が必要となります。
Q. 先生は患者さんの体の負担が少ない低侵襲手術(ていしんしゅうしゅじゅつ)取り組まれているとお聞きしています。ぜひ詳しく教えてください。
A. 通常は背中から皮膚を大きく切開し筋肉をはがして手術しますが、当院では内視鏡(※)で手術を行いますので皮膚切開は2cmほどです。そこから患部に筒を入れ、狭くなっている通り道を広げます。筋肉や靭帯はほとんど切らず、骨も必要最低限の除去のみで手術ができますので、患者さんにとって負担が少なく早期の社会復帰が可能です。
(※)内視鏡手術についてはこちら
Q. 狭くなっている通り道を広げるとはどういうことですか?
A. 2cmほどの切開から筋肉の間を狙って始めに7mmの細い筒を入れ、その後徐々に大きな筒を挿入していって、そこを少しずつ広げていくのです。ロシアのマトリョーシカ人形のようなイメージです。そして、最終的に16mmの筒の中に内視鏡や手術器具を差し入れて、モニターで確認しながら椎弓(ついきゅう)などの骨や黄色靭帯などの切除を行います。内視鏡手術だと筒の部分だけの侵襲で周囲の組織はそのまま温存できるのです。
Q. 侵襲が少ないと回復も早そうですね。
A. はい。翌日には立って、可能ならば歩いてもらうようにしています。退院も早い方ですと手術後4日目、平均すると入院期間はトータルで1週間程度でしょうか。
Q. 脊柱管狭窄症ならすべての症例で内視鏡の手術をされているのですか?
A. 腰の場合はほぼ全例ですね。患部が2ヵ所、3ヵ所の場合でも対応できますし、ずれている骨を矯正してネジで止める固定術にも対応できます。
Q. 内視鏡で固定術にも対応できるとは少し驚きです。
A. 内視鏡で進入して傷んでしまっている椎間板を取り除き、そこに、患者さん自身の骨を詰めたケージという小さな箱を入れて上下の椎骨をネジで固定します。ネジで留めるために、別に4ヵ所、それぞれ2cmくらい切る必要がありますが、それで対応可能です。ただし、骨を固定する手術まで必要なのかというのは、実はまだ明確な答えは出ていません。ですから状況によっては患者さんに、「内視鏡でまず神経を広げる処置をやってみて、それでうまくいかなければ矯正してネジを入れましょう」というお話をしています。ほとんどの方は内視鏡で神経を広げるだけで良くなります。実は、私は以前は合わせて固定する手術をしていたのですが、今は神経を広げるだけで大丈夫と思っています。内視鏡を用いての神経を広げる手術は、なんといっても組織を傷つけないのが大きなメリットです。
Q. 手術は本当に進歩しているのですね。一方で合併症が心配です。
A. 内視鏡下手術特有の合併症というのは思いつかないですね。手術中は内視鏡でより近いところで見ていますので、神経を傷つける確率も低減されます。また、目に見えないような出血も確認できるので、止血作業も内視鏡のほうがやりやすいのです。私は、内視鏡の手術で輸血をしたことはありません。傷も小さく手術時間も1ヵ所なら40分~50分ほどなので、感染症のリスクも低くなります。
Q. 安全性の高い手術といえますね。
A. はい、そう思います。傷口の回復が早いので、患者さんが術後早々に運動をしたがってしまうことがデメリットでしょうか(笑)。ただ、症状の出ている期間が長かった人は回復もゆっくりになってしまうので、最善のタイミングを逃さないためにも早めの受診をおすすめしたいです。
Q. わかりました。それでは手術後、日常生活で気をつけることはありますか?
A. 中腰の姿勢や、重い物を持つなど腰に余分な負荷をかけることや、腰をひねる動作などはなるべく避けたほうが良いと思います。
Q. 運動はできるようになるのでしょうか?
A. 定期検診で相談しながらになります。術後、1ヵ月目の検診で問題がなければ水中歩行やランニングなどは始めてもらえますが、目安として、肉体労働なら3ヵ月目、ゴルフなどは半年目の状況で可能かどうか判断します。
Q. 定期検診はとても重要なのですね。
A. レントゲン画像や問診、患者さんの顔色までていねいに診て、問題ないかどうか判断するようにしています。だから検診の機会には、やりたいことや日常生活で困っていることを、ぜひ私たちにしっかり伝えてほしいのです。
Q. 内視鏡の手術はメリットが多いのですね。
A. 実は私自身も腰の神経が狭く間欠性跛行があり、薬を飲んでいるんです。いずれは手術かなと思いますが、自分が受けるならやっぱり内視鏡手術を希望します。しかし、実際、内視鏡の手術の普及はまだまだこれからです。たとえばヘルニアで3割、4割、腰部脊柱管狭窄症に限っていえば1割ほどの普及率です。そんな中、私たちはより精度を上げるため、手術室では一秒たりとも手を抜かず、患者さんの寝る姿勢から気をつけて全力で手術することを大切にしています。そうしたことを続けることで、術後の満足度向上や合併症のさらなる低減につながり、やがては内視鏡手術がどんどん広まっていくことを期待しています。
Q. ご自身もそうだということは、患者さんのお気持ちもとてもよくおわかりになると思います。最後に、ちょっと余談になりますが、先生が整形外科医を志された理由を教えていただけますか?
A. 学生時代にサッカーをやっていて、骨折したり靭帯を切ったりしていたので整形外科はとても身近でした。それに、整形外科はほとんどの患者さんが治療介入によって運動機能を回復されます。歩けなかった方が歩いて帰って行かれる時、患者さんと一緒に喜べることに魅力がありました。また、中でも脊椎外科を選んだのは、手術が奥深くて興味深かったことです。頸椎、胸椎、腰椎と手術のバリエーションが多く、患者さんのために挑戦し甲斐があると感じました。
※内視鏡手術について、より詳しくお話しされているページがあります。こちらをご覧ください。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2017.3.29
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
高齢者に多い腰部脊柱管狭窄症は、今や内視鏡手術で対応できる時代です。