先生があなたに伝えたいこと
【加藤 充孝】長い間痛みと付き合いながら歩いていた人にとって痛みなく歩けるというのは素晴らしいことなのだと実感します。人工股関節置換術を受けた多くの患者さんの表情が術後明るくなるのを感じます。
しずおか整形外科病院
かとう みちたか
加藤 充孝 先生
専門:人工股関節
加藤先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
少子化の原因やその背景と継続的な社会に適したシステムについて気になります。少子化は生物的には進化と反対の減少のように思われます。しかし消費社会のなかで先進国の国民が増加し今のような消費活動を続けていけば温暖化も加速しそのうち資源が枯渇し大問題が発生することが懸念されます。そのようなことであれば先進国の少子化は継続的な人類の存続において都合がいい現象かもしれません。ただ日本や韓国、中国などは少子化のスピードが速すぎてそれもまた懸念材料になっております。古代ローマ時代においても少子化があったようです。その原因を塩野七生さんはエンタメの普及に言及しておりました。アメリカでは砂糖が高い税制の対象となったことが話題となりました。それは増え続ける肥満を問題視した対策でした。エンタメも砂糖に似た性質があるような気がします。エンタメも取りすぎると副作用が懸念されます。砂糖にも中毒性があるようにエンタメにも中毒性があり社会がエンタメを制限する時代が来るかもしれません。
また日本の医療制度についても気になります。
医療制度においても日本の医療システムはいくつかの問題を抱えているように思います。それは治療結果を国が評価するシステムを作ってこなかったことに問題があるようにも思います。今後、電子カルテの普及にともないビックデータをうまく活用できる環境が整うかもしれません。政府の医療管理部門が治療結果を評価しフィードバックを医療機関にかけるようなシステムが将来必要な気がします。
2.休日には何をして過ごしますか?
休日は日常の雑務をかたづけるとともに論文を書いたり次の学会や講演の準備をしたりして過ごすことが多いです。2021年から2023年までに6本の英文論文を執筆し5本がトップジャーナルに掲載されました。残りの1本も論文はジャーナルに提出はしており結果を待っている次第です。
気休めとしてはYouTubeを見ていることが多いです。英語の勉強をしたり将棋の棋譜をみたりして楽しんでいます。
Q. 人工関節ではMIS(最小侵襲手術)がひとつの話題であると聞きますがどのようにお考えですか。
A. 我々の手術には大前提の目的があります。たとえば人工股関節置換術の目的は、股関節の疼痛をなくし、股関節機能や日常生活動作を回復させるためのものです。また脱臼や感染、骨折、インプラントのゆるみなどの合併症を少なくし、長くその機能を維持することが大前提です。ですから大前提を獲得できる範囲内での低侵襲手術には大賛成です。筋肉や腱、関節包を切らないアプローチは理想的です。ですが皮膚切開や展開を小さくすることにこだわりすぎて、その為にインプラントの設置が不適切なものになれば本末転倒です。現在我々の施設では、良好な長期成績を期待できる人工股関節置換術を施行しておりますが、きちんとインプラントが設置できるうえで必要最小限の展開をこころがけ、10~12cmほどの皮膚切開で行っております。しかしながら今後もインプラントの適切な固定をしたうえでのさらに低侵襲な方法を追求していきたいとは思っています。また症例に応じての展開の仕方が違ってくることもあると思います。患者さんの病変部の状態により手術の難易度が高い場合と低い場合がありそれぞれに応じた必要最低限の展開があると思います。
Q. セメントでインプラントを固定するタイプとセメントを使わないタイプがあるようですがどのように違うのですか。
A. 骨セメントとは実際はアクリル樹脂のことを言います。液体と固体の骨セメントの材料をまぜ合わせると10分程度で固まります。粉と液体を混ぜ合わせちょうどいい粘度になったときにパン生地状より少しやわらかいセメントを大腿骨に流し込みインプラントをセメントに圧をかけながら設置します。
この一連の作業にはセメントテクニックというものが存在しトレーニングが必要になります。セメントの状態を確認しながら大腿骨の空洞を洗浄したあと乾かす作業やセメントに圧をかけることをその適切なタイミングで行う必要があります。
セメントを使用しないタイプのインプラントはセメントレスと言われたりします。大腿骨インプラントの場合、高齢等で骨が弱いタイプの患者さんには術中術後の大腿骨骨折のリスクがありセメントタイプのインプラントが推奨されております(図1)。一方若くて骨がしっかりしているような人にはセメントレスタイプが使用されることが多いようです(図2)。
どちらにも利点と欠点が存在しますが術者や指導医は使用するインプラントについて知り尽くしていることが重要です。
Q. 人工股関節置換術を受けるタイミングに関してはいかがでしょうか。
A. 変形性股関節症などで長い間股関節の痛みと付き合ってきた人が人工股関節置換術の手術を受けるともっと早くやっておけばよかったとの感想を患者さんの声として聞こえてきます。人工股関節置換術の成績も安定してきました。股関節の痛みで日常生活が制限されているような変形性股関節症の場合はあまり我慢せず手術を決断されることをお勧めいたします。他にいい保存的加療がないのです。手術せずともよくなるような治療法があればいいのですが今のところそのような保存的加療は乏しくほとんどの人は症状が悪くなっていきます。
海外からは10代、20代の人工股関節置換術の報告も聞こえてきます。人工股関節置換術で得られるメリットと合併症等のリスクとの天秤なのですが日常生活が股関節痛などで制限されているような変形性股関節症の場合は手術を検討されてよいのではないでしょうか。
Q. 先生ご自身の、人工股関節に対する考え方も変化してきたのですね。
A. そうですね。以前は比較的若い患者さんであればできるだけ年齢が経過するのを待ってから手術を勧めておりました。しかし現在の人工股関節置換術の手術はすり減りにくい材質やテクニックの改善等もあり専門家が手術を行えばかなり安定してきています。すり減りにくいプラスチック(ポリエチレン)の使用によりインプラントのゆるみや脱臼の頻度も少なくなりました。海外の人工関節登録制度の結果をみますと手術をして20年以内にインプラントの入れ替えを必用とする割合は10%程度になってきているようです。私の手術でも術後に入れ替えの手術を要するようなことはほとんどありません。またインプラントのゆるみ等に対する再手術の成績も向上してきております。
Q. 人工股関節置換術後の生活についてはどのようなお考えをお持ちですか?
A. 人工股関節置換術の術後合併症の一つに脱臼が挙げられます。術後3ヵ月ほどは股関節の脱臼を誘発するような脚の格好は控えたほうがいいと思いますがそれ以降は特に制限をかけていません。
今の人工股関節に使われるポリエチレンは本当にすり減らなくなりました。歩数や活動性を制限する必要はほぼないと考えています。しかしながらその反面、骨折による再手術の割合が目立ってきました。転倒したりしないよう、また骨粗鬆症に注意し生活してもらえればと思います。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2023.8.1
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
長い間痛みと付き合いながら歩いていた人にとって痛みなく歩けるというのは素晴らしいことなのだと実感します。人工股関節置換術を受けた多くの患者さんの表情が術後明るくなるのを感じます。