先生があなたに伝えたいこと
【阿部 裕仁】患者さんと信頼関係を育みながら、その方に一番合った治療を提供しています。【後藤 泰】患者さんが手術したことを忘れるぐらいの手術をすることを心掛けています。
JCHO(地域医療機能推進機構)星ヶ丘医療センター
あべ ひろひと
阿部 裕仁 先生
専門:股関節
阿部先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
いまは子どもの受験が一番気になっています。
2.休日には何をして過ごしますか?
家族と過ごすことが多いですね。
JCHO(地域医療機能推進機構)星ヶ丘医療センター
ごとう やすし
後藤 泰 先生
専門:股関節
後藤先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
体重が増えてきているのでダイエット中です。食べるものを考えたり運動したりして体重を減らすことを考えています。
2.休日には何をして過ごしますか?
まだ小さい子どもたちと過ごす時間を大切にしています。
Q. 股関節はどのような構造になっているか教えてください。
A.
後藤先生:体の中心に位置し、体重を支える重要な役割を担っています。ボール&ソケットという形状で、骨盤の窪みの中に球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまっていて、曲げる、伸ばす、広げるといった広い可動域(かどういき:関節を動かせる範囲)が得られる構造になっています。
阿部先生:股関節は日常の基本動作である、立つ、座る、歩くといったすべてにおいて重要なはたらきをしています。これらの動作を行う際に痛みを感じるようになると、可動域制限といって股関節の動きに制限が出てきて、爪を切ったり、靴下を履いたりといった動作ができなくなる方や、ひどくなると寝ているだけで痛みを感じる方もいらっしゃいます。
Q. そうした患者さんは、どんな疾患に診断されるのですか?
A.
後藤先生:一番多いのは、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)で、股関節に問題を抱える患者さんの8~9割がこれに該当し、現在年間7万人ほどが手術を受けられています。ほかには、股関節に炎症が起きる関節リウマチ、骨頭が壊死する特発性大腿骨頭壊死症(とくはつせいだいたいこっとうえししょう)などがあります。股関節の疾患は年齢を問わず、新生児の先天性股関節脱臼(せんてんせいこかんせつだっきゅう)、若い方の寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)、そこから年齢を経るにつれて股関節の軟骨が摩耗し、骨が変形して変形性股関節症を引き起こすケースまで多様にあります。
阿部先生:寛骨臼形成不全というのは、お椀がボールを覆うような構造になっている股関節の寛骨臼と大腿骨頭が、通常は広い面積で体重を受けるのですが、寛骨臼の被りが浅いせいで限られた部分に集中して力がかかります。歩くとそこに体重の3倍以上の重さがかかるため、何十年も負担がかかり続けるうちに軟骨がすり減っていきます。日本人で変形性股関節症になる人の約9割が、この疾患がベースになっています。
Q. 診断方法はどのようにされるのでしょうか?
A. 後藤先生:まずはレントゲンで診断しますが、特に若い方の場合はレントゲンではわからないような軟骨の損傷で痛みを訴える方もいらっしゃるので、診断が難しいケースもあります。そうした場合は、MRIやCTなども使用します。最近は、これらの画像の質が向上し、以前よりもはっきりと細部まで写るため早期診断が可能になりました。MRIはレントゲンには写らない軟骨の状態が確認でき、股関節のまわりの軟部組織の炎症や骨頭の壊死なども診断できます。CTは骨の状態をより厳密に確認し、骨折がないかなどを確かめるのに有用です。最近では、FAI(エフ・エー・アイ:Femoroacetabular impingementの略)と呼ばれる大腿臼蓋インピンジメント(大腿骨と臼蓋がぶつかること)など、病態が明らかになった疾患も増え、より精密な診断が求められるようになっています。
Q. 変形性股関節症は、どのような治療になるのですか?
A. 阿部先生:患者さんの症状はもちろん、年齢や性別、生活状況などによって治療法は変わってきます。基本的に、まずは股関節にかかる負担を軽減する保存療法となります。物理的な負担を減らす減量のほか、体を支えられるように運動で筋力を維持する、または痛みを抑える鎮痛という手段もあります。炎症の強い時期は安静にしたり、一時的に杖をついたりという方法をとることもあります。骨折やリウマチなどがベースにある場合には、その処置を優先する場合もあります。ケースバイケースになりますが、骨がゴリゴリと当たっていて痛みが強い場合や、保存療法の過程で症状が進行して痛みが強くなり、そのせいで運動ができなくなって体重が増え、筋肉も痩せていくというような場合には、手術をお勧めしています。
Q. どんな手術になるのでしょうか?
A. 阿部先生:傷んでしまっている寛骨臼と大腿骨頭を、金属でできたものに置き換える人工股関節の手術になります。神経の通っていない金属の関節なら、どれだけ動かしても痛くありません。また、変形が進んでいびつになっている股関節を本来の形状である、お椀とボールのようなきれいな形状の金属に置き換えれば、動きもスムーズになります。この人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)は、手術技術や成績が安定しており、医療業界では、この50年間で最も成功した外科手術の一つだといわれています。
Q. 具体的に人工股関節というのは、どういったものなのですか?
A. 後藤先生:寛骨臼に入れるカップと、大腿骨に挿入するステム、そしてステムの先端につける骨頭ボールというパーツに分かれています。患者さん一人ひとりの変形の程度や骨の強度、ご高齢の方の場合は骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の問題なども考慮して、豊富な種類の機種から、患者さんに最も適したものを選択しています。
Q. 患者さんは人工股関節に置き換えることに不安を感じていますか?
A. 後藤先生:最初は「怖い」とおっしゃられる方が大半です。当院の場合は、他院で保存療法をしたうえで来院される方が多いのですが、「人工股関節は10年で入れ換えなければならない」という古い情報が未だ払拭しきれていないせいで、手術をためらわれる方もいらっしゃいます。実は、この数年で人工股関節の技術は大きく進歩し、耐久年数は大幅に長期化しました。患者さんにはそうした最新の情報を伝え、不安を取り除くことがまずは大切だと考えています。「今の人工股関節はこうですよ」とご説明することで、安心して手術を受けていただけることが増えています。最新の人工股関節について広く啓蒙していくことも、専門施設にいる我々の使命だと考えています。
Q. 手術のやり方も昔とは変わって来ているのですか?
A. 阿部先生:当院では、ナビゲーションシステムを使って手術を行っています。皆さんご存知のカーナビは、目的地を入力すると正しい道順を教えてくれます。それと同じように人工股関節のナビゲーションは、術前に撮影したCT画像をもとに3次元でシミュレーションして、人工股関節が最高のパフォーマンスを発揮できる位置と角度をインプットしておくと、術中にそのポイントへ誘ってくれるというシステムです。これにより、人工股関節の設置の精度は向上しています。また、設置の精度が向上することにより、さまざまなスポーツの復帰も実現しています。
Q. 設置の精度が上がることで、どんなメリットがあるのですか?
A. 阿部先生:人工股関節の設置において特に重要なのが設置角度です。ベストな角度に設置すると脱臼しにくく、患者さんが日常生活において不自由がない可動域を確保できます。術後のリハビリも短期間で済み、正座をしたり、しゃがんだりすることもできます。こうしたことは、設置の精度が高いからこそ実現できることです。
Q. 手術の進め方以外にも、進歩を感じられる面はありますか?
A. 後藤先生:人工股関節自体の品質も大きく向上しています。数十年前の人工股関節は、年数が経過するとポリエチレン素材が摩耗し、それによって生体反応が引き起こされ骨融解(こつゆうかい:骨が溶けること)が起き、人工股関節のゆるみをもたらすことがありました。しかし、今はポリエチレンの品質が良くなり、より強固な初期固定が得られ、長期間維持できるようになったので、耐久年数も延びました。そのため、手術の適応年齢も一気に若年化しています。
阿部先生:大腿骨頭に入れるステムに関しても、昔はいろいろな金属が使われていましたが、今では骨への親和性が高いチタンが使われるようになっています。また、表面加工技術も進歩して骨と接着しやすいようになり、20年以上の長期成績が期待できるようになってきています。
Q. そうなのですね。手術後は、どれぐらいで立ち上がれるのですか?
A. 阿部先生:基本的に人工股関節手術では、術後すぐに立ってもらっても問題はありません。アメリカなどではそうした病院もあるようです。ただし、日本では高齢の患者さんが多いため、基本的な筋力を備えた方に限って、麻酔が完全に覚めた翌日から立っていただきます。
Q. そこからリハビリがスタートするのですね?
A. 後藤先生:もともと筋力低下が少ない方、股関節の可動域が広い方なら、術後のリハビリも早く始められます。そのため、症状がひどくなってから手術をするより、体力が温存されているうちに手術を受けるほうが、回復がスムーズです。しかし、日本人のご高齢の方は我慢強い方が多く、ギリギリまで我慢するのを美徳とする傾向があります。我慢した分だけメリットがあればいいのですが、実際のところ何もありません。手術を受けた方は、「ここまで楽になるなら、もっと早く手術すればよかった」とおっしゃられることも多いのです。これから老後ライフを楽しもうというときに、股関節が痛くて旅行などにも行けないのは残念です。早く治療して、充実した生活を送っていただきたいと思います。ちなみに、当院はゆっくり腰を据えてリハビリをしたいという場合、長期でリハビリを行うことも可能です。リハビリ病棟も備えていますので、早期の退院を促すスタンスではなく、あくまでも患者さんのご要望に合わせて対応しています。
Q. 手術の合併症としては何が想定され、どう予防されていますか?
A.
後藤先生:手術中の出血について、当院では、術前に患者さんご自身の血液を溜めておく自己血貯血を行って対応しています。脱臼に関しては、コンピューターによるナビゲーションシステムを使用して人工股関節を正確に設置しているので、脱臼はもちろん術後の動作制限も一切ありません。スポーツをしてもOKです。エコノミー症候群と呼ばれる血栓症も、研究が進み予防法も確立されています。
阿部先生:合併症の中でも特に心配なのは、再手術になってしまう感染症でしょうか。対策としては、手術室の中で最も清潔なクリーンルームという部屋で、宇宙服のような手術着を着て行い、手術の前後に抗生物質の点滴を投与したり、術中に傷口を大量の水で洗ったりするなどしています。糖尿病のある方は術前に専門の医師が血糖管理をするなど、症例に応じて予防し、感染のリスクを最小限に抑えています。
Q. 後藤先生が人工股関節の手術において心がけていらっしゃることを教えてください。
A. 後藤先生:人工股関節にすることは、患者さんのADL(日常生活動作)を改善する一方で、合併症を引き起こす可能性もゼロではありません。患者さんにとって手術が苦にならない、もっと早く手術したらよかったという思いを持ってもらえる治療を心掛けたいですね。そのためにも患者さん一人ひとりに合った人工関節を選択する「オーダーメイド型」の提案をしています。
Q. それは安心ですね。では、先生方が整形外科医になられたきっかけを教えてください。
A. 阿部先生:父が整形外科医だったので、医療の道へ進みたいとは思っていました。整形外科を選んだのは、私が高校生の頃の出来事がきっかけになっています。家族で食事に行ったときに近くのテーブルに居合わせた家族が、親が子どもの手を引っ張ったようで子どもの手が動かなくなったことがあったのです。肘内障(ちゅうないしょう)という肘が抜けた状態だったのですが、それを見た父が近寄って行ってサッと治したことがありました。そのときに、すごい!と衝撃を受けたことが転機になっています。股関節を専門としたのは、研修医時代にお世話になった先生が人工股関節の手術を多く手がけられていて、患者さんが元気に歩けるようになるのを目の当たりにし、素晴らしい手術だと感じてこの道へ進みました。いろいろなご縁のもと、今の仕事ができていることに感謝しています。
後藤先生:幼少期からさまざまなスポーツをしてきた中で、整形外科のお世話になる機会が多かったんです。医師を目指す過程で、人工関節の手術を受けた患者さんがとても満足されて退院する姿を目にして感動し、股関節医を目指すようになりました。
取材日:2024.3.5
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
患者さんと信頼関係を育みながら、その方に一番合った治療を提供しています。(阿部先生)
患者さんが手術したことを忘れるぐらいの手術をすることを心掛けています。(後藤先生)