先生があなたに伝えたいこと
【小林 紘樹】痛みで生活もままならないようなら、痛みから解放される治療の選択肢の一つとして手術も検討すべきです。
防衛医科大学校病院
こばやし ひろき
小林 紘樹 先生
専門:股関節
小林先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
大学時代にやっていた競技スキーに久しぶりに復帰したいと考えています。数年以内に全日本マスターズ大会に進出することを目標に、今はYouTubeでトレーニングの映像をチェックしています。
2.休日には何をして過ごしますか?
できるだけ家族と一緒に過ごすようにしています。ショッピングモールでダラダラと買い物をしたり、恐竜の博物館に行ったり、昆虫採集をしています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まずは、股関節の特徴について教えてください。
A. 股関節は骨盤側にある寛骨臼(かんこつきゅう)という屋根に、大腿骨の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)という丸い骨が収まる構造になっています。関節の表面は軟骨というクッションのような組織で覆われ、周囲の筋肉や靭帯が関節の動きを安定させています。股関節は歩くとき、座っているときだけでなく、寝返りを打つときにも使う関節ですので、ここを傷めると日常生活がとてもつらくなってしまいます。
Q. 股関節で多い疾患について教えてください。
A. 股関節が痛くなる原因で多いのは、軟骨が削れることで骨同士がぶつかり、痛みを感じるようになる変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。
日本人女性は寛骨臼の屋根のつくりが先天的に浅い発育性股関節形成不全(はついくせいこかんせつけいせいふぜん)であることが多く、屋根のつくりが浅いと骨頭を十分に受け止めきれず、軟骨の一部に体重がかかることで早く軟骨がすり減っていきます。重度の発育性股関節形成不全の方は、早ければ10代後半~20代前半で軟骨がすり減ってしまう方もいます。
その他に多く発生するのが、ケガや骨が脆くなることが原因で起こる大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)です。大腿骨頸部骨折は高齢者によくみられますが、昨今は若年時からのダイエットで骨が脆くなっている恐れのある人が多いので、今後さらに患者さんの数が増えていく可能性があります。
Q. その治療法について教えてください。
A. 30代前半くらいまでの若い方で、軟骨が残っている場合には寛骨臼をくり抜いて角度を変え、屋根を広げて"被り"を良くすることで屋根にかかる荷重を分散させる寛骨臼回転骨切り術(かんこつきゅうかいてんこつきりじゅつ)という治療法があります。自分の骨と関節を温存できるのがメリットです。
骨切り術の適応にならない場合には、傷んだ部分を人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)も検討します。
Q. 筋力トレーニングやストレッチで症状が改善されることはありますか?
A. 実は、筋力トレーニングやストレッチで痛みが治まるという短期・中期的な効果は報告されていますが、長期的な進行予防に関しては未だに明らかにされてはいません。ただ、40代くらいまでの方であれば、痛み止めを使いながら筋力トレーニングやストレッチによる保存療法で様子を見ることが多いです。
股関節を動かさなくなると筋力が衰え、活動性も落ちるので、買い物や家事など日常生活では普通に動いて筋肉を落とさないことが大切です。とはいえ、過度の激しい運動や、180度開脚するような過度なストレッチは股関節に負担がかかるので避けていただきたいと思います。
痛み止めを使っても痛むという場合には、杖を使うとよいでしょう。脚を増やして体重を分散させるイメージです。最近では、2本のポールを使って安定した歩行ができるノルディックウォーキングをお勧めしています。スキーのストックのようなポールなので、若い方にも抵抗感がなく、「歩くのが楽になった」とおっしゃる方は多いです。
Q. 手術になる目安はありますか?
A. 画像で軟骨が削れていて、脚の長さに差がついていたとしても、ご本人が困っておらず普通に生活できているなら無理に手術を勧めることはありません。痛みで眠れない、寝返りを打つのもつらいなど、日常生活に支障が出るようであれば手術を検討すべきだと思います。変形が進むと股関節の動きが悪くなり、膝や腰にも負担がかかります。脚が開かなくなると、トイレでお尻を拭くことすら難しくなってしまいます。
Q. 人工股関節にするメリットは何でしょうか?
A. 傷んだ骨の部分を人工物で再建することで股関節の痛みが取れ、動きも良くなることが期待できることです。
Q. 人工股関節にもいろいろな種類があるのでしょうか?
A. 金属の表面に特殊な加工がしてあり直接骨に固着させるセメントレスタイプと、骨に固定させるのに骨セメントを使って固定させるセメントタイプがあり、症状に応じて使い分けています。
近年は筋肉を温存する手技が普及し、様々な形状のセメントレスタイプのインプラントが開発されています。狭い視野でも施術がしやすいという観点から、医療現場ではセメントレスタイプが主流になっています。当院でも大半はセメントレスタイプを使用しています。
その一方で、当院は大学病院という立場上、生下時からの激しい変形がある患者さんや、何十年も関節が曲がった状態で過ごしてきたという重度の患者さんが受診されることも多く、そうした変形の強い方にはセメントタイプで対応することが多いです。セメントタイプは角度も長さも自由に設計できるため、セメントレスタイプでは対応しにくい場合でも最適な手術を行うことが可能です。
Q. 手術の方法にも種類がありますか?
A. 股関節全体を人工物に置き換える人工股関節全置換術(じんこうこかんせつぜんちかんじゅつ:THA)と、大腿骨側だけを取り換える人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ:BHA)とがあります。
高齢で活動性の低い方や、全身状態の悪い方が大腿骨頸部骨折を起こした場合には、折れた部分だけを換えるBHAの方が身体へのダメージは少なくて済みます。しかし、近年は手技が進歩し大腿骨頸部骨折であってもTHAの方が再置換(再手術)のリスクが低く、痛みが治まる可能性が高いので、THAを適用するケースも増えています。
Q. 人工股関節のインプラントや手術の方法で進歩しているところがあれば教えてください。
A. まず、人工股関節で軟骨の役目を果たすポリエチレンライナーの素材が進歩して、耐用年数が延びました。以前はポリエチレン部分が15年程度で摩耗して人工股関節がゆるんで再置換が必要になることが多かったのが、摩耗しにくくなったことが大きいです。
また、術式は、以前は臀部の後方から筋肉を切って股関節に到達する後方アプローチが主流でしたが、近年は股関節の前方から侵入して患部に到達する前方、前側方(ぜんそくほう)アプローチが広く普及しています。
従来の後方アプローチでは筋肉を切開することで大きく視野を取りながらインプラントを入れていましたが、前方、前側方アプローチでは筋肉を温存できるので身体への負担が軽くなっています。手術時の出血量もいまでは150~200cc程度に抑えられ、手術後に歩けるようになるまでの期間が早くなりました。
さらに、コンピュータを使った術前計画などの技術開発によって手術がより正確に行えるようになりました。まず、術前計画では3Dテンプレートシステムという計測ソフトを使って患者さんに適したインプラントを選びます。次に、可動域などをシミュレーションし、人工股関節を設置する最適な位置や角度を割り出します。手術中はポータブルナビゲーションシステムとレントゲン透視装置を使用し、術前計画通りに位置や角度、左右対称に揃っているかなどを1度単位、1ミリ単位で確認しながら人工股関節を設置しています。
Q. 人工股関節の手術は進歩しているのですね。手術で考えられる合併症と、その対策についても教えてください。
A. 手術で起こりうる合併症としては、主に細菌感染、出血、脱臼の3つが考えられます。
細菌感染対策としては、手術は抗菌薬を点滴で投与し、皮膚の表面を殺菌消毒してから行っています。また、手術時間が延びると出血量が増える恐れがありますから、止血をして、手術はできるだけ短時間で終わらせるように努めています。私は前側方アプローチを採用しており、股関節周囲の筋肉や関節包靭帯(かんせつほうじんたい)という組織を症例に応じて残すようになったことで、初回手術での術後脱臼は稀です。
Q. 先生が人工股関節の手術を行う上で、心がけていらっしゃることがあれば教えてください。
A. 一つひとつの手技をとにかく丁寧に、確実に、安全に行うことを徹底しています。
Q. 手術を受けた患者さんからはどのような声が届いていますか?
A. 「もっと早く手術すればよかった」と笑顔でおっしゃる方が多いです。手術は誰しもできれば受けたくないでしょうが、痛みが強くて生活もままならないようでしたら、痛みから解放される治療の選択肢の一つとして人工股関節置換術も加えてほしいと思います。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.6.7
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
痛みで生活もままならないようなら、痛みから解放される治療の選択肢の一つとして手術も検討すべきです。