先生があなたに伝えたいこと
【田中 伸弥】股関節や膝関節の人工関節手術は、器材も手技も飛躍的に進歩して手術成績が良くなり、多くの患者さんに満足していただいています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、骨盤の両側に寛骨臼(かんこつきゅう)という窪みがあり、球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまり込んだ構造になっています。関節包(かんせつほう)と呼ばれる強靭な靱帯によって包まれた股関節の間には、軟骨や関節唇(かんせつしん)というクッションの役割を果たす構造体があり、スムーズに脚が動かせるようになっています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)が股関節の疾患の大部分を占め、ほかに大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)や、関節リウマチなどがあります。
変形性股関節症は、股関節の軟骨がすり減って骨が変形する病気です。体格の小さい方などが生まれつきの臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)によって、大腿骨頭に対する寛骨臼のかぶりが浅いことで先天的に脱臼している、あるいは亜脱臼しかかった状態で発育するなどといったケースが日本人には多く、そうした方が将来的に変形性股関節症になることがあります。
それ以外にも、特発性といわれる原因がはっきりしていないものもあれば、骨盤骨折などの外傷に伴うものや、リウマチなどに代表されるような膠原病によって生じる方もいます。
Q. どのような症状で患者さんは来院されるのですか?
A. 「数カ月から1年ほど前から、体重をかけて歩いたり、身体をひねったりしたときに脚のつけ根が痛む」と言って外来受診されるケースが多いです。中には、腰や膝などに痛みを訴える方で、変形性股関節症と診断がつくこともあります。以前、実際にいた患者さんで、膝に痛みがあって膝関節のレントゲン検査とMRI検査をしたのですが異常がなく、試しに股関節を検査してみると、変形性股関節症だった方もおられました。その方は変形性股関節症の治療を行うと、実際に膝の症状が改善されました。
Q. 正しい診断が重要になるのですね。変形性股関節症にかかりやすい方に傾向はありますか?
A. 臼蓋形成不全などの先天的な素因がある方がかかりやすいです。そうした方が加齢に伴って、徐々に軟骨がすり減り骨がぶつかって痛みが出てきたり、炎症性の軟部組織が造成されて滑膜炎が起こったりといった症状が出てくるケースが多いです。
特に変形性股関節症は、末期よりも初期から進行期に非常に強い痛みを訴える方が多いです。変形が進むと、必ずしも症状が強くなるというわけではなく、逆に可動域が狭くなることで痛みをあまり感じなくなることもあります。
Q. 治療方法を教えてください。
A. 痛みがそれほど強くなく、日常生活への影響が大きくない場合、まずは体重のコントロールとストレッチ、痛み止めなどの保存的加療を行います。体重が重いと、股関節にかかる荷重が大きくなり、痛みが強く出やすいため、減量が効果的です。痛み止め以上に症状の改善がみられる方もおられるので推奨しています。
股関節の場合は、膝関節のように特定の筋肉を鍛えると痛みが軽減されるというものではないのですが、やはりストレッチや柔軟体操、荷重をかけずにできる運動として水中ウォーキングなどを行うことで、痛みの原因となる炎症を軽減することが期待できます。症状がどこまで強いかによって治療法を判断し、場合によっては手術をご提案します。
Q. どのような場合に手術になるのですか?
A. 日常生活に悪影響を及ぼす場合や行動範囲が狭くなってきた場合に、手術のお話をさせていただきます。ただし、手術はすぐに行わなければならないものではないので、患者さん自身やご家族のお考え、仕事や家庭の都合、時季などを考慮して、ベストなタイミングを検討していただきます。
手術をすると、手術前の身体に戻すことはできないので、あくまでもご本人が手術を受ける意志を強く持っていることが重要です。なかなか手術に踏み切れない方も多く、決心がつくまで外来診察に通い続ける方もおられます。
Q. どのような手術になるのですか?
A. 股関節を人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)のほか、旧来から行われている、骨を切って角度を調整する骨切り術(こつきりじゅつ)として、寛骨臼の被りをよくする寛骨臼回転骨切り術(かんこつきゅうかいてんこつきりじゅつ)という手術もあります。これは軟骨が残っている場所に荷重点をずらすことで、症状を軽減させる手術です。
しかし、人工関節が非常に発達して性能が良くなったほか、骨切り術だと骨がくっつくまでに時間がかかって入院期間が長くなり、長い目で見ると再手術が必要になることも多いため、人工股関節置換術を選択するケースが増えてきています。
筋力も体力もある若い患者さんであれば、人工股関節置換術で1週間以内に退院し、外来で抜糸され、早期に回復される方もおられます。
Q. 人工股関節置換術には、種類があるのですか?
A. 大別すると、セメントを使って人工関節を骨に固着させるタイプと、セメントなしで固着できるタイプがあります。現在、人工関節学会のレジストリ(疾患登録システム)では、全体の8割以上の手術においてセメントレスタイプが使われているようです。症例によってはセメントが必要になる場合もありますが、セメントを使うと特殊な合併症の可能性がわずかにあるほか、慣れている術者なら問題はありませんが、セメントがくっつくまでの時間の使い方が問われます。
ほかに、ご高齢の方の場合、骨盤側はご自身の骨のままで、大腿骨頭側だけを置換する人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ)を行うこともあります。ただし、骨盤側、大腿骨側ともに置換する全置換術のほうが、術後の機能的な長期成績が良いといわれていますので、状況に合わせて判断します。
Q. 人工股関節(インプラント)は以前に比べて進歩しているのですか?
A. 時間の経過とともに骨が金属の中に入っていくポーラス加工が施された、固着力のあるセメントレスタイプのインプラントが増えてきています。また、日本人の骨に合った形状のインプラントも開発されています。
特に、金属と金属の間に挟むポリエチレンライナーの強度が飛躍的に高まり、中には耐摩耗性が一段と高まったものもあります。こうした進歩から、人工関節の寿命がどんどん伸びてきているのだと思います。
Q. 人工股関節置換術の手技の面でも進歩していますか?
A. 以前は、患者さんに横向きに寝てもらって後方から股関節にアプローチする手法がスタンダードでした。このやり方は、視野は確保できるのですが、筋肉を切らなければならず、比較的侵襲(しんしゅう:身体へのダメージ)が大きいので、最近では前から進入する前方系アプローチ法(DAA,ALS,OCM)が主流になりつつあります。
これなら、皮膚の切開が小さくて済み、筋肉と筋肉の間を通るので侵襲が小さく、術後の初期回復が非常に早いといわれています。現在、初回で行われる人工関節置換術の半数程度で前方系アプローチ法が採用され、今後も増えていくと思われます。
Q. よくわかりました。では続いて、膝関節の構造についても教えてください。
A. 主に、大腿骨(だいたいこつ)と脛骨(けいこつ)から構成されています。大腿骨側は、内側と外側が半円形になっていて、内側がやや大きいです。脛骨側は、内側と外側にすり鉢状の平らな部分があり、軟骨や半月板(はんげつばん)と呼ばれる軟部組織があって、体重の荷重を周囲に分散させるクッションの役割を果たしています。
さらに、大腿骨と脛骨は、前十字靱帯(ぜんじゅうじじんたい)、後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)、内側側副靱帯(ないそくそくふくじんたい)、外側副側靱帯(がいそくふくそくじんたい)の4本の靱帯によって、膝関節が不安定にならないよう支持されています。
Q. 膝関節において、多い疾患はどのようなものですか?
A. 代表的なのは、変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)で、日本の潜在患者は、50歳代以上で1000万人いるといわれています。高齢化に伴って、現在も患者数が増え続けています。
特に、骨粗しょう症になりやすい高齢女性には、非常に頻度の高い病気です。骨がもろくて弱いせいで、軟骨がすり減ったり半月板が傷んだりするほか、骨が崩れて変形し、骨棘(こつきょく)といわれるトゲが出てきたりすることで、いわゆるO脚になりやすいです。
Q. 治療法について教えてください。
A. 股関節の場合と同様、まずは保存的加療を行います。特に膝に関しては、大腿四頭筋(だいたいしとうきん)という太ももの前の筋肉を訓練することが、症状の緩和に有効だといわれています。今は、本やインターネットでさまざまなトレーニング法が紹介されています。私が患者さんによく勧めているのは、イスに座って脚をバタバタと上下に30回動かすのを1日3セット行うことです。
また、パテラ・セッティングといって、あお向けに寝て足首を曲げ、膝を下のほうに強く押しつけるように力を入れる運動も有名です。いずれもすぐに効果が出るわけではないですが、継続して行うことで効果が期待できます。
患者さんの中には、膝が痛くても毎日散歩をすることが重要だと考えている方が多くおられますが、実は歩行は、膝に体重の荷重がかかることでかえって症状を悪化させることがあります。あくまでも、膝関節に負担をかけずに、筋肉トレーニングを行うことが大切です。
それでも症状が十分改善しない場合は、痛み止めの内服、湿布、関節のヒアルロン酸注射などを行いますが、依然として日常生活に負担があり、さらに行動範囲が狭まってきたら、手術をご提案することがあります。
Q. どのような手術が一般的ですか?
A. レントゲン検査やCT検査で、変形性膝関節症と診断した場合は、人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)がメインになってきます。半月板損傷などの場合は、関節鏡を使った手術を行うこともあります。
Q. 人工膝関節置換術にも種類があるのですか?
A. 膝関節すべてをインプラントに置き換えるTKAと呼ばれる全人工膝関節置換術(ぜんじんこうひざかんせつちかんじゅつ)と、傷んでいる片側だけを置き換えるUKAという単顆人工膝関節置換術(たんかじんこうひざかんせつちかんじゅつ)があります。最も多いケースは、膝関節の内側の軟骨がなくなり、見た目にもわかるほどO脚に変形した患者さんに対して、膝関節全体をインプラントに置換して、O脚をまっすぐにするTKAを行うことです。
一方で、大腿骨の内側の一部分が壊死する病気の場合や、膝関節の内側だけが傷んでいて外側の軟骨は十分残っている場合は、より侵襲が小さいUKAをお勧めしています。こちらだと手術時間も短縮でき、感染率も低いといわれています。
さらに、この2種類の中でも、日本人の体形に合わせたサイズや、より生理的な動きを可能にしたデザインなど、さまざまなコンセプトのインプラントがあり、患者さんの状態や医師の考え方などによって選択されます。
Q. UKAが行われるケースは少ないのですか?
A. 最初にUKAの手術をし、あまり改善がみられず、次はTKAを行うなら、最初からTKAを行うほうが手術成績は良いといわれています。そのため、片側の軟骨にまったく問題がなく前十字靭帯がしっかりしており、UKAで十分に対応できると確信できる場合や、患者さんの強い希望がある場合を除いて、TKAを行うのが一般的です。
Q. 人工膝関節置換術の手技も進歩していますか?
A. 昔の人工膝関節置換術は、大腿骨と脛骨にボルトを入れてヒンジでつなぐだけの手術でしたが、現在は手術器材も手技も目覚ましく進歩し、幅広い術式があります。皮膚の切開の範囲、切開の方法、安全性や術後の回復の早さなど、何を重視するかによって、術者ごとに少しずつ術式が異なっています。
私の場合は、最小侵襲よりもむしろ、術後により膝関節が動かしやすいような骨の角度や靱帯のバランスを重視しており、かつ安全で感染リスクが低い手術ができるように工夫しています。
Q. 感染リスクなど、手術の合併症についても教えてください。
A. 代表的な合併症として、術中骨折、インプラントの設置不全、感染、深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)などが挙げられます。対策としては、手術手順を最適化することが重要だと私は考えています。経験と研鑽を積むことで、毎回同様の手術を正確かつ短時間で行えるようにしています。そうすることで、普段と違う状況に陥った場合に、素早く気づいて対処できる余裕が生まれると考え、実践しています。
また、深部静脈血栓症に関しては、血流のうっ滞が主要な原因の一つなので、このリスクを下げることを心がけています。通常は、術中にターニケットという血流を遮断する道具が使われるのですが、私はこれを使わずに血流をうっ滞させないようにすることで、深部静脈血栓症のリスクを下げています。少し出血は増えますが、深部静脈血栓症は致命的ともいえる合併症なので、こちらを回避することを優先しています。
Q. よくわかりました。では、先生が医師を志された理由を教えてください。
A. やりがいのある仕事に就きたいと考え、医師を目指しました。さらに、患者さんの生命予後を向上させるために、身体機能を上げて健康寿命を延ばしたいと考え、整形外科医になりました。
私は、人工関節外科のほかに、手の外科も専門としております。やや特殊な経歴ではありますが、どちらも機能予後の向上を目指すという意味で首尾一貫していて、双方に情熱を注いでいます。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2023.9.15
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
股関節や膝関節の人工関節手術は、器材も手技も飛躍的に進歩して手術成績が良くなり、多くの患者さんに満足していただいています。