先生があなたに伝えたいこと / 【金治 有彦】股関節の痛みを改善するためには、股関節の安定性を確保することが重要です。さまざまな治療法を検討しながら最善を尽くします。

先生があなたに伝えたいこと

【金治 有彦】股関節の痛みを改善するためには、股関節の安定性を確保することが重要です。さまざまな治療法を検討しながら最善を尽くします。

藤田医科大学ばんたね病院 金治 有彦 先生

藤田医科大学ばんたね病院
かなじ ありひこ
金治 有彦 先生
専門:股関節

金治先生の一面

1.最近気になることは何ですか?
 血圧が高めなのですが、薬を使わずに下げようと、情報収集して実践中です。「手術をせずに関節の痛みを治したい患者さんも、こうして調べておられるんだろうか」と思いを馳せています。

2.休日には何をして過ごしますか?
 単身赴任しているため、休日は帰宅して家族と一緒にゆったりと過ごしています。運動不足の解消に5年前から始めたゴルフの打ちっぱなし練習にも行っています。

先生からのメッセージ

股関節の痛みを改善するためには、股関節の安定性を確保することが重要です。さまざまな治療法を検討しながら最善を尽くします。

このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。

Q. 股関節の構造について教えてください。

A. 股関節は、骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)と大腿骨(だいたいこつ)の上端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)から成る、ボール&ソケット構造と呼ばれる関節です。あらゆる方向に動かせる反面、脱臼するリスクがあるため、さまざまな軟部組織によって安定性が保たれています。
軟部組織には、寛骨臼の縁を取り囲む軟骨である関節唇(かんせつしん)や、寛骨臼と大腿骨頭を連結する大腿骨頭靭帯(だいたいこっとうじんたい)、股関節を袋状に囲んでいる関節包(かんせつほう)、さらにその中には4種類の靱帯などがあります。現在は、股関節の骨自体の安定性だけでなく、それを取り囲むさまざまな筋肉も含めた軟部組織によってもたらされる安定性も、非常に重要だと考えられています。

股関節の構造

股関節外観 関節包をはがした状態

藤田医科大学ばんたね病院 金治 有彦 先生Q. 股関節の安定性とは、どのようなものですか?

A. 股関節の安定性には、股関節そのものが持つ骨的安定性に加え、股関節を動かすときの動的安定性、動かしていないときの静的安定性の3種類があります。股関節を屈曲する際は股関節の前側にある筋肉は収縮し、股関節を外側に広げる際は、側方にある筋肉が収縮します。そうした筋肉の収縮と弛緩のバランスによって股関節を安定さるのが、動的安定性です。なかでも、股関節の主要な外転筋である中殿筋(ちゅうでんきん)が重要な役割を果たしています。一方、筋肉を動かさないときには、伸縮しない組織である関節包靱帯や円靱帯などによる静的安定性によって、股関節の安定性が保たれています。

Q. 股関節の疾患について教えてください。

A. 寛骨臼と大腿骨との間の軟骨が摩耗し、それに伴って関節炎が生じて痛みが発生する変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)や、軟骨の一部を損傷する関節唇損傷(かんせつしんそんしょう)などがあります。
変形性股関節症は、生まれつき大腿骨頭の受け皿となる寛骨臼の"被り(かぶり)"が浅い寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)が起因しているケースが、疫学的に最も頻度が高いといわれています。もちろん、そうした骨性の制動性も重要なのですが、昨今は、関節包靭帯や円靭帯などの軟部組織による制動性や、筋肉による動的な制動性を同時に考えて、治療を進める傾向があります。

変形性股関節症

関節唇損傷(大腿骨頭の被りが深いときや、骨頭が大きいときに発症する)

Q. 股関節に対する治療の考え方が変わってきているのですか?

A. 股関節内の骨や軟骨を傷めた場合、これまで重視されてきた骨の制動性で考えると、傷んだ部分を切除して人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)という手術が適応となります。高齢で、重度の変形がある方にお勧めする手術です。ほかに関節温存手術として、骨を切って角度を変えて股関節のバランスを正す骨切り術(こつきりじゅつ)もあります。どちらも骨に対する抜本的な治療となります。
一方で、軟部組織による制動性や筋肉による動的な制動性で考えると、例えば軽度の関節唇損傷の場合は、リハビリで動的安定性を確保することによって、軟骨にかかる負荷を軽減する、あるいは、関節鏡を使って関節唇そのものを修復することで痛みを取るという考え方もあります。最近は、MRIや超音波で検査して、軟部組織に対するアプローチによって症状を改善させるという治療法が注目されています。寛骨臼形成不全だから手術をするということではなく、まずは運動療法で軟部組織に働きかけることが大切なのです。

人工股関節置換術の例

人工股関節置換術の例

Q. 運動療法は効果的な治療なのですね。

A. 骨の安定性がある程度確保されている人には、運動療法はかなり効果があるため、外科的な治療をする必要はないと考えています。ただし、運動療法を股関節だけで考えるのではなく、腰椎や脊椎の動きと連動して考えなければなりません。
「マエケン体操」という体操をご存知でしょうか。メジャーリーグで活躍する、マエケンこと前田健太投手が行っている体操で、腕を大きく回すのですが、肩の関節だけでなく、肩甲骨も体幹と一緒に動かす体操です。彼はよいボールを投げながらも、あまりケガをしないのは、このようなトレーニングで柔軟な身体を作っているからだと思われます。
これは、股関節にも同様のことがいえます。プロのバレリーナが脚を垂直に上げるときは、股関節は90度程度しか動いておらず、骨盤を傾けることで脚を高く上げています。股関節が動く比率と骨盤が動く比率が等しければ、股関節に負荷がかからず、股関節損傷は起こりにくいのです。
また、元陸上競技選手のウサイン・ボルトも、側弯症(そくわんしょう)がありますが、骨盤の動きが素晴らしいです。骨盤が柔軟に動かない人は、大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI:エフ・エー・アイ)といって、股関節を深く曲げたときに骨盤と大腿骨が衝突し、関節唇損傷を引き起こしてしまうことがあります。
いずれにせよ、運動やストレッチは、手術をしない方の保存療法としてはもちろん、手術後の回復や、疾患やスポーツ障害の予防にも役立ちます。適切なリハビリを行えば、関節唇損傷の患者さんの約6割は、痛みが改善されます。股関節と腰椎との連動性や、鍛えるべき筋肉の部位を見きわめ、効果のあるストレッチを行えば、手術を回避できることもあります。手術以外にも痛みを改善させる方法があるということを、ぜひわかっていただきたいです。

FAI

藤田医科大学ばんたね病院 金治 有彦 先生Q. では、どのような方が手術適応となりますか?

A. 痛みが強くて日常生活に支障がある方は、人工股関節置換術の適応となります。手術を選択される方で最近増えているのは、スポーツや旅行など、やりたいこと、人生において大切なことができなくなることを回避したいというお考えの方です。一方で、たとえご自身の活動性を狭めてでも、手術を避けたいというお考えの方もおられます。患者さんの考え方も多様化しているので、私はどちらの考え方も尊重しながら、それぞれに合った治療法をご提案しています。

Q. 先生が治療において重視されていることは何ですか?

A. 人工股関節置換術や骨切り術など、骨に対するアプローチによって、これまで多くの患者さんが痛みから救われています。やはり骨の不安定性が強い場合は、こうした手術が避けられません。しかし私は、骨に対する外科的な治療がすべてではなく、軟部組織や股関節の外側を取り巻く筋肉に対してアプローチすることも大切だと考えています。
寛骨臼形成不全による関節唇損傷であれば、関節唇の修復のほか、PRP療法(ピー・アールピーりょうほう)などの再生治療の選択肢もあります。PRP療法は、血小板由来の成長因子など、損傷した組織の修復を促す働きがあるたんぱく質や生体成分を、関節内に注入する治療法です。再生治療は、股関節の抗炎症効果だけでなく、軟骨の修復を促すことも期待できるので、骨ではなく軟部組織に対するアプローチといえます。
ほかにも、関節内の潤滑液の役割を果たすヒアルロン酸を注射することや、内視鏡を用いた低侵襲(ていしんしゅう:身体への負担が少ない)手術などもあり、場合によっては骨切り術やリハビリ、再生治療、関節内治療を組み合わせた治療法も考えられます。こうした治療には、まずは正確な評価が欠かせません。現在は、MRIの解像度も高くなり、軟骨の状態が正確に評価できるようになっています。それに基づいて、患者さんにとって最良の治療になるような、しっかりとしたコンセプトのある治療を提供したいと考えています。

PRP療法イメージ図

PRP療法イメージ図

Q. 患者さんの満足度にこだわられているのですね。

A. そうです。人工股関節置換術をするにしても、ただ骨を置換するだけでなく、関節包靭帯や周辺の筋肉などの軟部組織を温存したり、安全に扱ったりすることで、静的安定性を維持することが大切です。人工股関節置換術は、もともと患者さんの満足度は高い手術なのですが、静的安定性をさらに高めることが、よりスムーズなスポーツ復帰や禁忌肢位(術後にしてはいけない姿勢)をなくすための大きな鍵になります。
私は、先輩方から骨を治す治療法を数多く教わってきました。そうした骨学に、軟部組織の重要性を組み合わせていくような多様性のある治療のやり方が、これからの股関節治療のスタンダードになるのではないかと考えています。そうした治療こそ、患者さんにより高い満足度をもたらすと思います。

藤田医科大学ばんたね病院 金治 有彦 先生Q. 治療法はますます進歩していくのですね。

A. 人工股関節置換術そのものも、大きく進歩しています。人工股関節の機種やデザインは多種多様にあり、コンピュータ上で3次元的に手術のシミュレーションもできます。それでも患者さんごとに異なる骨の厚さや質までは、現段階では手術時の感触でしか判断できませんが、そうしたものも客観的に判定できるようなツールもゆくゆくは開発されるかもしれません。
現在は、術中にナビゲーションシステムなどの手術支援システムを使う施設もあり、今後は手術用のロボットが導入される可能性もあります。精度の高い手術で、軟部組織をしっかりと温存できると、股関節の安定性はさらに高まります。こういったことで、人工股関節置換術の脱臼リスクは、ほとんどなくなりつつあります。今後、人工股関節置換術の治療成績はますます向上していくでしょう。

Q. では、人工股関節手術の合併症も減ってくるのでしょうか?

A. 脱臼のほかにも、血流が滞って血栓ができてしまう深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)も、最近は減少傾向にあります。低侵襲手術によって術後の痛みが少なくなり、リハビリがスムーズに進むことで血流が滞りにくくなっています。それでもやはり心配なのは、細菌感染です。ただし、軟部組織を丁寧に扱っていると感染の確率は少ないと思います。
細菌感染は、特に人工股関節の入れ替えの手術でリスクが高くなりますが、最近は人工股関節の表面に殺菌効果のある有効成分や加工した銀を塗布するなど、最新のテクノロジーによって感染リスクを下げようと試みられています。手術前にあらゆる角度から評価を行い、「この患者さんにはこの人工股関節以外はない」と思えるような、妥協のない手術をしたいと考えています。

Q. 先生は、ロコモティブシンドロームを啓発する、ロコモチャレンジ推進協議会にもご尽力されていますね。

A. 70~80歳代になると、サルコペニア(筋肉減少症)が進んできます。股関節の痛みがきっかけで身体をあまり動かさなくなり、年齢的な衰弱でサルコペニアが進むと、バランスがとれずに転倒することが多くなります。そうすると骨折を起こし、それがきっかけで寝たきりになり、急速にロコモティブシンドロームが進行することもあります。
これを防ぐためには、股関節の手術を先延ばしにし過ぎないことも大切です。60~70歳代前半で手術をすると、高い確率でスポーツ復帰もできますが、80歳代になってからの手術だと、寝たきりを回避するための手術になります。そうした意味では、手術の回避を望まれる患者さんを尊重するのがベストといえるのかどうかは、医師として悩ましいところです。患者さんと正面から向き合って、より良い時期により良い選択ができるよう一緒に考えることが大切だと思っています。

Q. 最後に、先生が医師を志されたきっかけと、診療への思いをお聞かせください。

藤田医科大学ばんたね病院 金治 有彦 先生A. 小学生のときに母が硬膜出血で倒れたことがきっかけで、医療に興味を持ちました。親族に医師はいなかったので、医学への道は考えていなかったのですが、祖父に背中を押してもらって医学を専攻することができました。
股関節外科医になったのは、目標とする師の存在があったからです。師から教わったことを昇華させ、患者さんにベストな治療を提供したいという強いを持ってこれまで取り組んできました。医師には、熱量が必要です。自分の投げる一球は常に渾身のストレートであるように、プロとして完璧を目指し続けたいという思いで診療にあたっています。

Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。

金治 有彦 先生からのメッセージ

※ムービーの上にマウスを持っていくと再生ボタンが表示されます。

リモート取材日:2021.11.16

*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。

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